第7話「glacer mois(グラセ モア)・前編」

 

-赤く染まる世界。焦げた臭い、肌に纏わりつく熱風。あぁ、またこの景色か。
 ただただ立ち尽くす自分に失われていく五感。残るのは色々な感情が混ざりあった黒いもののみ。
 逃げ出す事も、立ち向かう事もできない。ただただその光景を見つめるだけ。-

 

カーテンの隙間から差し込む光が瞼にあたり、目を開ける。見慣れない天井に自分が一瞬どこにいるかわからなくなる。
「また…か…」
そう呟きながら俺はベッドから体をおこす。
そうか、ここに拾われたんだったっけな。と心の中で思い。自分がいるところを改めて思い出す。
俺たちがレグルス王国に来てから3日がたっていた。ここに来た感想はというと…正直言うと日は浅いが最高だった。
騎士団員という名目で住まわしてもらったが、特にやる事もなく。初日は城内と街の案内、二日目は騎士団の仕事について。
仕事といいつつも街の見回りや、訓練などで正直つらいものもなかった。施設についても申し分ない。こんな野良犬同然の自分たちにイキナリの個室。
しかも各部屋にシャワールームもついているのだ。これはとても嬉しい。
王国にいる人たちと少し話してみた感じではとてもいい人たちだと思った。シッキーは第二王女を目の前にしてテンション上がりっぱなしだ。
自分も野宿が続き、ろくにものを食べてない日が続いていたのもあり、来た当初は少しおかしなテンションだった思う。
しかし心地よいこのベッドで眠り、今までの疲れを一気に癒すとふとひとつの感情に飲まれていた。
「俺はここにいてもいいのか?」
そんな事を呟くも、行く当てもない自分はここを出ても何もならないとわかっていた。一人ならともかく、シッキーはすでにこの国が気に入ってるし、あいつを置いては行けない。
シャワールームで汗をながし、着替えをすませ朝食のために食堂に向かう。
その道中シッキーに会う。
「おはよう、ヒヅキさん」
「あぁ、おはよう」
二人並んで同じ目的地に向かう。すると隣にいたシッキーのセンサーが天井に向くのを感じた。
あぁ、王女さんか。
「ル・ン・ちゃーん!!おはようございます!!」
いつもながらもの凄いスピードだと感心していたが驚くことに王女さんは動じてなかった。すげぇな。
「お兄ちゃんおはよう!!」
「今日もいい笑顔っす…あ痛ー!!」
シッキーの叫び声の原因は頭を蒼い鳥につつかれているからだった。
「てめぇ朝からうるせーんだよ!!人がまだうとうとしてただろぉが!!びっくりして落ちるとこだっただろぉーが!!」
ガンガンガンガン
「いたたたた…おじいちゃんごめんって!!」
「てめぇ!!誰がおじいちゃんだこらぁ!!」
「だって…ねぇ…ぷぷぷ」
「なんだそのむかつく顔は。よぉしお前飯食った…ら…後で…ぐー」
「ギャハハハ!!このタイミングで寝たー!!」
「おじいちゃん昨日寝るの遅かったみたいだからすごい眠いんだと思う!!」
何をやってるんだと呆れつつ王女の横を通り過ぎる。
「あ、ヒヅキさんおはよう♪」
元気のいい王女のあいさつに俺はぶっきらぼうに挨拶をした。
「おはようさん」
正直王族相手に雇われている自分がとる態度ではないがこれでいい。自分を変えるつもりは毛頭ない。
食堂に入るとそこには女王とその横に立っている我が隊長モーゼスがいた。王族が自分たちと同じところで食事をとるのもおかしな話だと思うが、ここはそういう国らしい。本当は適当に挨拶をしたいところだが、モーゼスがいる手前きちんと挨拶をし、席につく。この人は…なんか怒らせてはいけない気がする。
その頃にはシッキーも横の席につき、王女さんは姉の隣に座っていた。席に着いた数分で食事が運ばれてくる。
他の兵士や、女王補佐官のハルカもいつの間にか席についていた。女王は一同がそろった事を確認すると執事にも席に着くように言い渡し。
「さて、みんな揃ったかしら?それじゃあいただきましょうか」
そう皆に告げる。そして一同もそれに続き食事をとりはじめる。俺は食事には手を付けずに女王を見ていた。観察していたの方が正しいだろうか。
王族がこんなに楽しく下の連中と食事をする訳がねぇ。何を考えてやがるんだ。やっぱりこの女だけはどうしても気にくわねぇ。

 

食事をとりはじめた頃にミフユは一つの視線を感じていた。その視線の先に目をやるとその人はあわてて視線を外し食事をとりはじめた。
ミフユは一人の人物から最近同じようなものを何度も感じていた。それは観察されているようなそれとも別の何か。たまに殺気がこもっているんじゃないかと思うものもある。
嫌われるようの事したかしら?
心の中で思い返してみるも、思い当たるふしはない。とりあえずもう少し様子をみてそれでも続くようなら本人に直接聞いてみようと考える。
食事を終え、食堂から離れようとしたところミフユはモーゼスに呼び止められる。
「ん?どうしたの?モノさん」
「はい。1週間後に控えているアイリーン王国への訪問の事なのですが」
「あぁ、そっか。あのチビ姫様が即位してからもう1年だっけ?」
「はい。1周年と題しまして姫君が友好国に感謝の気持ちをとパーティーを開催されるとの事ですが」
「なんかそんな招待状届いてたわね。それにしても即位しているのに姫か」
ふふふと少し苦笑いを浮かべるミフユに対しモーゼスも
「ご本人がそう呼べ、とおっしゃるのですから仕方がないかと」
と同じように苦笑い。
「で、そのパーティがどうしたの?」
「実は同日に街の修練場にて剣の手ほどきを子供たちにしてほしいと言われていまして…」
「あら、日程はずらせない感じ?」
「はい、私の日程を色々ずらしていただいてその日ならと。ミフユ様のお供を優先させるべきなのでしょうが」
「あぁ、大丈夫大丈夫!!子供たち楽しみにしているのでしょう?それならそっち優先させて!!」
「よろしいので?」
「もちろんよ!!それも立派なお仕事よ!!」
「ありがとうございます」
モーゼスは少し嬉しそうに微笑む。
「お供なんてハルカとかいるし…あ…」
途中で何かに気が付くミフユ。
「恐らくハルカ様は拒絶するかと」
困り顔のモーゼスが放った言葉はあまり穏やかではなかった。
どうやらハルカは理由があり、アイリーン王国への訪問はしたくないようだ。その理由とやらは…まぁいずれわかるだろう。
「ま、いざとなったら一人でも行くわよ」
とモーゼスを前にしては言えないミフユであった。


それから5日がたち、アイリーン王国への訪問を2日後に控えたとある日、さらなる問題がおきた。
ダッダッダッダッダ!!
誰かがもの凄い勢いで走ってくる。
ダンッ!!
ある一室の扉を勢いよく開ける。女王ミフユだ。
「ルン!!大丈夫!!」
血相を変えて部屋に飛び込み、妹が寝込んでいるベッドへ近づく。
「あ、おねぇさまぁ。だいじょうぶぅ」
その声にはあからさまに覇気がなかった。どうやらルンは体調を崩したらしい。
「さっき医者にみてもらったけど、ただの風邪だとよ。心配すんな」
ベッドの隣に椅子をおいてちょこんと座って看病している鳥がいた。かなりシュール映像ではあったがそれどころではない。
「風邪か…ただの風邪といってもやっぱり心配よ…熱は?」
「少し高めだな。まぁ食欲もないわけじゃねぇし薬飲んだしすぐ治るだろ」
「そう…ならばいいのだけど…明後日のお出かけは残念だけどルンはお留守番ね…」
「あぅ~…行きたかったぁ…」
お出かけとはアイリーン王国への訪問の事である。ルンはアイリーンの姫君とはとても仲がよく、楽しみにしていた。
「スーちゃんもルンの看病してて」
「それはいいけど、大丈夫なん?」
「まぁなんとかなるわよ」
「なら俺は看病してますかね」
「うん、よろしくね」
そう言いながらミフユは妹が寝るまで傍にいた。ミフユのルンへの愛情は過度なものなのかもしれない。きっと時代や世界が違ったらシスコンとクラスメイトからバカにされていただろう。そんなミフユだからこそ、ただの風邪であっても心が張り裂けそうなほど心配なのだ。
妹が寝たのを確認するとスティンガーと今しがた部屋にきたロゼッタにあとはよろしくと告げ、公務に戻るため部屋を出る。
しかし困った事になった。ルンは連れていくとして、護衛はスティンガーがいれば十分と思っていただけにどうするか。
うーんと唸りながら廊下を歩いていると前から新入りコンビが歩いてきた。
「あら、二人ともどうしたの?」
ミフユが訪ねるとシッキーはルンのお見舞いしにきたと答えた。
「そっか。ありがとうね。でも今寝たところだからまた後でにしてあげて」
「あ、そうなんですね。じゃあまた後にします」
ミフユとシッキーがそんな会話をしている最中、ヒヅキはずっと視線をミフユに向けようとはしない。もちろんミフユもシッキーもそのあからさますぎる態度には気付いていた。
気まずさを感じたシッキーが
「そ、それじゃあ私たちは戻りますね」
「うん、わざわざ来てくれたのにごめんね」
「いえ!!大丈夫っす!!」
それじゃあとシッキーはヒヅキをつれて戻ろうとした。ミフユはそこで何を思ったのか二人を呼び止めた。
「あ、ちょっと待ってくれない?」
足を止めて振り向くシッキー。ヒヅキも一応立ち止まる。
「え?なんすか?」
不思議そうな顔で聞いてくるシッキーに、ミフユはとある提案をした。
「2日後に私が隣国のアイリーン王国に行くことは知っているわよね?」
「はい、それは」
「それでね、私とルンとスーちゃんで行こうとしたのだけど、ルンは行けなくなっちゃったでしょ?スーちゃんにはルンを護ってもらいたいし…」
「ですね。隊長もその日はお城にはいないですもんね」
「そうなのよ。まぁ私一人で行ってもいいのだけど…そんな訳にもいかないから数人の兵士と一緒に来てほしいのよ。ヒヅキさんに」
「…は?」
ヒヅキのようやく放った言葉がそれだった。そして隣でちょっと慌てているシッキー。
「そ…それなら私が行きますよ!!」
「ん~…そう思ったのだけど、私もいないし、シッキーお兄ちゃんまでいなくなったらきっと妹は寂しがると思うの」
チラッっとシッキーのほうにいたずらな視線を送ると案の定
「ですよね!!」
かかった。
「おい!!」
そんなヒヅキのツッコミもむなしく、シッキーはハイテンションで
「ルンちゃんは私とおじいちゃんで護ります!!ヒヅキさん!!頑張って!!」
「頑張ってって…なんで俺が…」
「そういう訳だからヒヅキさん、これは命令だから。詳細は追って連絡するわねー」
とご機嫌な声をあげて手を振りながらその場を去っていくミフユ。
チッっと舌打ちをしたがそれでも足りなかったのか、隣で舞い上がっているシッキーを小突いた。痛い!!という声が廊下に響き渡った。


「という訳で護衛役はヒヅキさんに頼んだから」
重役だけを集めて話をする会議室でミフユはモーゼスとハルカに向けてそう言い放つ。
「ヒヅキさん…ねぇ…」
二人ともちょっと苦笑いだ。それはそうだ。あれほどの態度である。この城にきてさほど時間はたってはいないが、ヒヅキさんはちゃんと挨拶はするし、言葉遣いは荒くとも礼儀をわきまえている。仕事もきっちりこなせそうな印象もある。が、しかし。ミフユとルンへの態度だけは別であった。
ルンはあの性格とシッキーの事もあって、そこまで嫌悪感を露わにはしていないが、ミフユに対しては違った。おそらくまともに言葉を交わしたのはスティンガーが連れてきた日だけであろう。
「大丈夫なのでしょうか」
モーゼスが心配する。
「あんたほんとなにもしてないの?」
ハルカの問にぜーんぜんと答えるミフユ。
「でもたまに視線に殺気こもってるし…一緒にでかけて万が一って事もあるわよ?」
「まぁそれはそうね」
ハルカに物騒な事を言われても不安のかけらもないという感じのミフユ。
「やはり私が同行するべきでは」
「モノさんはだめ!!それに私に考えがあるの」
「考え…ですか?」
「うん、だって知りたくない?あんなに私を嫌ってる理由!!」
「それはそうだけども」
モーゼスとハルカはお互い顔を見合わせる。ミフユがこいう事を一度言い出したら引かない事も知っている二人である。
「少しね、思う所があるの」
「思う所?」
「うん、二人は覚えてるかしら?ちょっと前にさ滅びた国の事。名前は忘れちゃったけど、結構遠いところだし」
「あったっけ?」
「あの、国内で争いが起こったという国でしょうか」
ハルカはあまり覚えていない様子ではあったがモーゼスはちゃんと覚えてるようだ。
「そうそう。風の噂で聞いた程度だし詳しくは知らないけど、その争いってどうやら王族が関わってるみたいなのよね」
「らしいですね」
「ふーん…王族がねぇ…ってまさか?」
「うん、私はヒヅキさんたちがそこから来たんじゃないかって思ってるの」
「あー…なるほどね…」
「どんな理由があったかは知らないけど、もしその争いが王族が関係しているなら少なからず国が滅びたのは王族の責任。いや、国が滅びた時点でどうであれ王族の責任よね。その国の生き残りなら王族を恨んでも仕方がないわ。だから私に嫌悪感を抱いているのかも」
「それなら今の態度も納得かも。まぁ筋違いではあるけれど」
とハルカは言うがもうひとつの疑問も浮かんでくる。
「でも…考えって何?ヒヅキさん連れていくのと何が関係あるの?」
その疑問に対してモーゼスが答える。
「ハルカ様。お忘れですか?それとも思い出したくないので?アイリーン王国のあの事件の事を」
あ…。とハルカが少し嫌な顔をする。
「ふふふ…だめでしょ。姫君の英雄様が忘れてたら」
可笑しそうに笑うミフユに対してハルカは少し気まずそうに
「いやー…だってねぇ…」
それを見ながらまたふふっと笑うが。ミフユは語る。
「まぁアイリーンも滅びかけた国だし、道中にちょっとこのお話しようかなってね。もし私の考えが当たっていれば何か反応あるはずだし。その話を聞いたうえでヴェルティアに会えばきっと何か思うはずよ」
「あのお姫様私は苦手だ」
「それはハルカ様の責任かと」
真面目な話をしていたつもりだがまた笑いがおこる。
「という訳でヒヅキさんつれて行きますので」
「そういう事ならかしこまりました。その他の兵士は私の信頼している者たちで構成させますがよろしいですか?」
「うん、そこは任せるわ」
「留守中の公務は私に任せておいて!!」
「何張り切ってるのよ気持ち悪い。行きたくないだけでしょう」
「うん、当たり」
そんな会話をしながらこれからの国の事などを含め三人だけの会議は夜遅くまで続けられた。


ヒヅキは自室で空を見上げていた。その瞳に映るのは蒼白い月とその周りに輝く無数の星たち。
彼女はほぼ毎晩のように空を眺めている。綺麗だから?違う。そんな安っぽい理由なんかではない。これは自分への戒めだ。
空に散る無数の星たちは散っていった命。自分が救えなかった命であると彼女は考えている。
それを眺める事によって生き残ってしまった自分を追い込んでいる。誰に責められる訳でもない。そして誰かに許してもらえる訳でもない。
ただこうして星も眺めては心の中で懺悔を繰り返す。罪を感じ自ら死ぬことは生きたいと思って死んでいった者たちへの冒涜だ。
自分は業を背負って無様に生きていくしかないのだ。そう自分に言い聞かせては毎晩のように同じ夢を見る。
今夜もヒヅキは死人のような顔で夜空を眺め続けていた。