第6話「Strong preferences」

 

使い魔スティンガーの朝は早い。夜明けと共に目を覚まし、そして…寝る。
しかし今日は…寝ない。なぜなら毎月楽しみにしている日であるからだ。

 

ミフユの戴冠式から数日。街の熱気もやまず、王国にも侍女が一人増えたりもしたがそれも大分落ち着いた。
朝早く起き、鏡の前で小一時間何かチェックをしていた蒼い鳥は王国の外に出ていた。
「ふんふふんふ~ん♪」
相当ご機嫌なのか首からパンダのような動物の袋をさげ、ぱたぱたと飛んでいるスティンガー。
なぜこんなにご機嫌かというと、月に一度レグルス王国の友好国である隣国の港町ではなかなか大規模な市が開催される。
こんな見た目をしているが、実はスティンガー。かなりの酒好きであり、その港町からとれる新鮮な魚などからつくられる食べ物がお気に入りだった。
毎月酒のつまみを港町まで買いに行くのだ。
「今日は何買おうかな~。先月はあれ食ったし。先々月のあれも旨かったなぁ」
一人でぶつぶつ言いながら大空を駆けまわる。
と、そこへ何か音が聞こえた。

 

ドドドドドド

 

轟竜ティガレックスの走る音だ。そしてそれに追われている人二名。
「何やってんだあいつら。鬼ごっこか?」
そんな事言いながらしばし耳をすませ様子をみてみる。すると人間二人の会話が聞こえてくる。

 

「「うわぁぁぁぁぁぁ!!」」
全速力で走る女子二人がティガレックスに追われていた。
「弓使いが矢入れごと忘れて矢が撃てないとかありえねぇだろ!!」
やたらでかい武器を背負った黒髪の女が口悪くそう言い放つと、もう一人隣で走っていた弓だけをかついだ銀髪の女が反論する。
「仕方がないじゃないですかぁ!!妹センサーが反応したんだから!!」
「お前はいつもそうだな!!妹しか頭にねーのかよ!!」
「え?他に何か必要?」
「このっ…!!」
「でもでも!!そーいうヒヅキさんだってダメダメでしょう!!」
「うっ…」
「ガンサーが砥石を補充し忘れて突く事も砲撃を撃つこともできないとか致命的でしょ!!」
「くっ…」
「何恥ずかしそうに頬赤らめてるんすかぁー!!」

 

そんなやり取りが聞こえてきた。ティガに追われながらあんな会話するなんて余裕だなーあいつらと思いつつ。言葉を念じる。
『おねぇさまー。起きてるー?』
そう念じると言葉を送った相手からも反応がある。
『起きてるわよ?どうしたの?』
これが使い魔の技のひとつ。念話である。遠く離れていても自分と魔力が繋がっている者などであれば会話ができるという便利なものだ。
『なんか変なのが2匹モンスターに襲われてるんだけど助けていい?』
『そうなの?いいわよ、変身おーけい』
『ほーい』
よし、とスティンガーは心で思い二人の方を見てみると

 

「そうだヒヅキさん!!いい事思いついた!!そのガンランスでティガをぶん殴るってどうです?」
「はぁ!?てめぇシッキー何無茶な事言ってんだよ!!」
確かに無茶だ。
「でもほら、強固な盾もあるし、ヒヅキさんほどのガンサーならそのくらい余裕かなーって思いましてね?」
ニヤニヤしながらシッキーと呼ばれた女が続ける。
「絶対にヒヅキさんならやれますって!!イケルイケル!!ばしーんと!!はいばしーん!!」
ふっふっふ、その間に私は全速力で逃げるだけ…って冗談ですけどねーっと心で思っていると
「・・・・ちっ・・・仕方ねぇな」
「え?」
なぜか照れながら仕方ないと言うヒヅキの言葉がシッキーには予想外だった。まさか本気にするとは。
「よし、あいつは私がなんとかする!!その間にてめぇは逃げるんだぜ!!」
「ちょ…ま…ヒヅキさーん!」
ザザザザー
足をとめ、振り返り得物をかまえるヒヅキ。ティガレックスの突進を盾で受けとめる。
ガシィィィン!!
「受け止めてやったぜ」
その言葉の意味をわかっているような感じのティガレックスは足をとめ威嚇してくる。
「俺が怖いか?ティガレックス。これでもくらえ!!」
そう言いながらヒヅキはガンランスをティガレックスの頭目がけて振り下ろす。
ゴキィィィィィン
鈍い音が響きわたる。そしてそこにはダメージのないティガレックスと全身が痺れているヒヅキがいる。
硬直しているヒヅキにティガレックスは前脚で軽くヒヅキを薙ぎ払った。
「おぅふ!!」
吹き飛ばされるヒヅキ。
「あぁー!!やっぱりー!!」
ヒヅキに駆け寄るシッキーだったがその二人にティガレックスはゆっくりと近づいてくる。
「大丈夫ですか!?ヒヅキさん!!」
「あぁ~いっぱいのガンスに囲まれて幸せ…ってはっ!!」
意識が戻った時にはこちらを見下ろすティガレックスとガタガタと震えるシッキーの姿。
あぁ…死んだな俺たち。もっといっぱいやりたい事あったのにな。砥石忘れるとこういう事になるんだ。当たり前だよなガンサーだもん。
そんな事を思って覚悟を決めようかという時に空から声が聞こえた。
「まてーい!!」
驚いて見上げる二人。そこには一匹に鳥の影。
「超・絶・変・身!!」
そう言った途端鳥は光り輝くと、なんと人の姿になりそのまま空からティガレックスの頭めがけて蹴りをいれる。
ドォォン!!
あまりの衝撃にティガレックスが後方へよろめく。
「スティンガー参上!!ふはははは!!ようやく俺参上!!前回は人の姿になっても変なライオンの仮面かぶせられたけど今回はちゃんと出たぜ!!」
着地してポーズを決めながら色々言っているその不思議人物を二人はぽかーんと眺めていた。
「よーし、お前に恨みはないがちゃっちゃとやらせてもらうぜ」
そう言いながら穿龍棍を構えるスティンガー。見慣れない武器にさらに呆然とする二人。
ティガレックスは怒りの咆哮をあげ、スティンガーにむかって突進してくる。
「この武器使うと思うじゃん?お前くらい蹴りだけで十分じゃボケぇ!!」
バコーン!!
二人はあり得ない光景を目にした。じゃあなぜ武器を出したとツッコミはひそかに心に思いつつも。ティガレックスをたった2発で、しかも蹴りだけで倒す人がいるなんてと。
「なんだよ、もう終わり?せっかく久々にこの姿になったのに。ただの下位種かよ。つまらん」
そういうとスティンガーはミフユに念話をし、それを終えると
「よし。あとは国の人たちなんとかしてくれるって言うし俺は買い物行くかね」
そこから立ち去ろうとするスティンガーに声がかかる。
「ちょちょちょっと待ってください!!」
放心状態だったシッキーが我にかえり、慌ててそう言うとヒヅキも続く。
「まだ俺たちあんたに礼を言ってない!!」
スティンガーは振り向き
「礼?別にいーよ」
そんな訳にはいかないと二人が頭を下げる。
「あーはいはい、じゃ俺行くわ」
その場を立ち去るスティンガーであった。


スティンガーは歩いていた。久々に人の姿になったのだから、ミフユから送ってもらった魔力が尽きるまではせっかくだし堪能しようと思ったのだ。
だがそれも辞めようかと考えていた。
「おい、お前ら。いつまでついてくる気?」
そう言って振り返ると、先ほど助けた二人組があとをつけていた。
「え…いや…ほら俺たち丸腰同然だしまた襲われるかもしれねぇし」
黒髪の女がそういうともう一人の銀髪も続く。
「そうそう!!お兄さん強いから安全なところまでちょっと一緒にどうですか?」
「どうですか?じゃねぇだろ」
少し呆れつつも放っておけない気もする使い魔。少し事情を聞く事にしてみた。
「で、お前ら何やってたの?」
話を聞くとどうやら二人はある国に仕えている者だったらしいがその国が崩壊してしまったために旅をして仕事先を探していたらしい。
「ふーん」
仕事先ならミフユに言えばなんとかしてもらえるかもしれない。でもどこの馬の骨かもわからない奴らを拾うのもなぁーと考えていると。
「お兄さん滅茶苦茶強いですよね?どこかの兵士とか?どこの国です?それだけ強いって事は偉い人です?」
ほらきた、この銀髪俺がどこかの国の兵士で偉かったら雇ってもらおうという算段だろ。
「シッキー…それはあまりにも露骨すぎねぇか?」
相方は少し呆れていた。
「ふーむ」
スティンガーは考えた。
「ところでお前ら強いの?」
その質問に二人はえ?と答える。
「いや、あの程度のティガレックスを倒せないやつを雇う国なんてあるのかと」
確かにスティンガーの言う通りである。いかに狂暴なティガレックスといえども下位種。その程度を討伐できないような兵士は国にはいらない。
ハンターズギルドからスカウトした方がよっぽどマシだ。
そんな事考えているとヒヅキが答える。
「たぶんそれなりに強いとは思う。そこら辺のハンターよりは」
その言葉にシッキーもうんうんと頷く。
「じゃあなんで逃げてたん?」
それは・・・かたや砥石を忘れたガンサー。そしてかたや矢を忘れたアーチャー。それを説明すると
「なんだお前らもポンコツか」
と言い放った。しかしスティンガーはどこか愉快げだった。そしてそのポンコツ具合が気に入ったのか。
「お前らもしかしたらうちの王国がぴったりだな」
その言葉に二人は疑問を浮かべた。しかしその後のスティンガーの言葉に歓喜の声をあげる。
「国に仕えたかったら俺と一緒にきな。ま、まずは買い物だけどな」
「「まじっすか!?」」
その後スティンガーの体が急に光はじめ、そこから鳥が出てきた。
「あ、それと俺、実は人間じゃねぇから」
「「マジっすか!?」」
声をそろえる息ぴったりのコンビであった。


自分が王になってからというもの、そこまで日にちはたっていないのに来客…というか士官とかそういうのが多い気がすると玉座に座るミフユは思う。
「で、この二人をうちで雇えと?」
珍しくミフユの肩に乗っているスティンガーに尋ねる。
「まぁ俺が見つけたのも何かの縁だし。連れてきちまった。煮るなり焼くなりは女王様の自由だぜ」
その言葉にシッキーは少し怯えた。
うーんとミフユは目の前の二人を見て考えていた。別に今必要な役職はないし、とりあえず騎士団にでも入れておくか。そう考えていると銀髪の方が
何かそわそわしはじめた。
「感じる…感じる…センサーが…」
「ちょっとお前、女王様の前だぞ」
ぼそっと耳打ちする。しかしシッキーの頭頂部あたりからぴんと跳ねた髪の毛。通称妹センサーは止まらなかった。一直線に天井にむかっていた。
「く…くる!!」
「おねぇ様ただいまー!!あ、おじいちゃんも帰ってたんだー!!」
シュ!!
「私の妹になってください!!」
もの凄いスピードでルンに近づき、その手を両手で掴み意味不明な事を言うシッキーだったがその顔は青ざめていて汗がだらだらであった。
なぜなら、その首には女王が突き付けた刃があった。そしてその横から笑顔なのにものすごいプレッシャーを与えてくる存在が立っていた。
「あなた…何してるの?私の可愛い妹に」
今まで聞いたことのない冷たい声でミフユは言い放つ。
シッキーは耐えられずその手をはなし、両手を上げていた。
「じょ…女王様わりぃ!!そいつ妹とかそーいうの大好きで!!我を忘れちまうんだ!!許してやってくれ!!」
「許す?私の妹の手を無断で握っておいて許す?」
滅茶苦茶怒っている。どうしようとヒヅキが思っていると。
「ごごごごごめんなさい!!その妹さんがとても可愛くてつい!!」
妹さんが可愛くてという言葉に女王がぴくっとしたのをヒヅキは見逃さなかった。
「はっ…そ、そうだよ!!そんなに可愛い子ならシッキーの気持ちもわかるぜ!!流石女王様の妹さんだぜ!!」
チラッ
その瞬間ミフユから放たれるドス黒いオーラは消え逆に桃色のオーラが出たような感じがした。
「そーよねぇ♪この子私の妹なのー!!可愛いわよねー♪」
単純だった。ヒヅキとシッキーは安堵のため息と共にこの王国は大丈夫だろうかと思った。ひとつ言えることはあの笑顔の人も女王もかなりの使い手だという事。
刀を鞘に納め玉座に戻るミフユとその横に立つ笑顔の人モーゼス。
「ごほん、取り乱しちゃってごめんなさい。それで、あなたたちが何ができるか関係なくまずはこのモーゼスの元で騎士団員として働いてもらいます」
その言葉でさきほどかなり怒らせてしまった無礼をしたので出てけと言われると思った二人は驚いた。
「何驚いてるのよ。正直すーちゃんが連れてきた時点でほぼ採用は決まってたわよ。ただどこに配属するか悩んでたの」
「そ…そうだったんですか!!ありがとうございます!!」
シッキーが元気よく答える。
「とりあえずルンも来たことだしもう一度自己紹介してもらえる?えーっとまずシッキーさんでしたっけ?」
「はいっ!!名前はシッキーです!!」
そう答えると隣のヒヅキが
「ちょ…流石にちゃんと言わないとまずいんじゃ…」
「シッキーです!!」
お構いなしだ。何か事情があるようだが、レグルスの面々は気にしない。
「武器はこれ、弓使います」
「弓ー!!ルンと一緒!!」
そのルンの一言でまたシッキーのスイッチがはいる。
「使っている武器も一緒!!そしてその見た目と性格…か…完璧だ…これはまさに運命!!」
ギロ
冷たいミフユの視線が射抜く。それに慌てたヒヅキがたしなめるがシッキーはもう止まらない。
「女王様!!お願いです!!」
「何?ルンはあげないわよ。ルンのお姉ちゃんは私だけなんだから」
「はい、ですから…ルンさんに是非とも…お兄ちゃんと呼んでいただきたい!!」
その言葉に辺りが凍り付く。
「ど…どういう事?あなただって女性よね?」
ミフユに尋ねられ、シッキーは続ける。
「はい…残念ながら私は女です。だけどしかし!!妹が!!妹属性が大好きなんです!!たまらねぇです!!そして妹といえばお兄ちゃんなんですよ!!」
もう訳がわからなかった。
「シッキー…だからと言って女王様が許してくれる訳…」
「ま、お兄ちゃんならいっか」
「「いいんかい!!」」
スティンガーとヒヅキがシンクロした。
「まぁルンがいいならだけど、姉の位置がとられなければ別にいいわよ。呼び名くらい。なんかすっごいこだわりあるみたいだし。どう?ルン?」
「私は別にいいよー!!」
「ままままマジですか!!じゃあ一回呼んでもらってもいいいい、いいですか!?」
興奮しすぎなシッキーに苦笑いする一同。
「お兄ちゃん!!」
ズッキューン
そんな擬音が聞こえた。そしてなぜかエコーのかかった声が聞こえた気がした。
『生きててよかった。生まれてきてありがとう私。ありがとうみんな。グッジョブ父と母』
「おーい!!もどってこーい!!」
ヒヅキの言葉を聞いても幸せオーラ全開のシッキーには届かなかった。
とりあえず落ち着くまで放っておきましょうというミフユの言葉に従う。
「えっとヒヅキさんでいいのよね?」
「あぁ、じゃなくてはい。ヒヅキだ…です」
今まで敬語というものをあまり使ってきてなかったのだろう。苦戦している。
「すまねぇ女王様。俺敬語ってやつがどうも苦手で、無礼な言葉つかっちまうかもしれねぇけどそこは勘弁してくれたらありがたい」
「別にいいわよ、気にしないで。話しやすい言葉で話して」
ニッコリ微笑むミフユに目をそらし照れたように後頭部をかくヒヅキ。
「ヒヅキさんのもってるのガンランスよね?うちで使う人中々いなくて見る機会ないけどかっこいいわね」
「うん、かっこいー!!」
そのミフユとルンの言葉にヒヅキは興奮しはじめた。
「か…かっこいいよな…やっぱりガンス」
そう言いながら背中に背負っていたガンランスを手にとり抱きしめるようにして語り始める。
「この洗練されたフォルムに砲身からわずかに香る火薬のにおいとか…たまらねぇ」
この瞬間レグルス王国一同は…いや、ニコニコしながら話を聞いているルン以外は悟った。あ、この人も中々アレな人だと。
「世の中にはガンス使いづらいとか重いとかただのロマンとか言うやつもいるが、俺から言わせたらこんなに扱いやすくて、強い武器他にないんだ!!」
「でも周りからそう言われているものを誰よりも上手く扱えるってカッコイイわよね」
「だよな!!あんた話わかるぜ女王様!!俺のこのガンスの手にかかればどんなモンスターだって…ぶつぶつぶつ…」
ガンスを抱きしめながら徐々に自分の世界に入っていくヒヅキ。そしてその横には未だ身もだえているシッキー。その姿をみてスティンガーは
「なんかまたとんでもねぇのひろってきちまったな」
「そうね、また一段と騒がしくなりそうね」
苦笑いしつつも少し嬉しそうなミフユをみて隣にいたモーゼスもルンも自然と笑顔になる。
「ま、拾ったものは最後までちゃんと責任もってちょーだいね!!すーちゃん!!」
「え!?俺!?騎士団なんだからモノさんだろ!?」
「スティンガー様。私は確かに騎士団長ではありますが新人二人の面倒をすべてみるには体も時間もたりませんよ」
モーゼスの言葉に頷くミフユに対し面倒くさそうなスティンガー。
「えー…もー仕方ないなぁー」
「とか言いつつおじいちゃん嬉しそう!!」
「嬉しかねぇよこのダメ妹!!」
そういいながらルンの頭の上で頭をつつく!!
「いたぁい!!」
いつもの微笑ましい会話を横で感じつつ、ミフユは未だ自分の世界に入り込んでいる二人を眺める。
またとんでもないこだわりをもった二人が王国の一員になったなと再び思う。
父と母からの連絡もなく、どこで何をしているかもわからない。いつかこの国が脅威にさらされる事になるかもしれない。
そんな時に私を助けてくれるのは民であり仲間だ。そしてそれを助けるのが私の使命である。
私にとってはこの国のみんなが家族である。その家族を命に代えても守りたい。きっとこの二人もいつか私の家族を救ってくれる。そんな予感がする。
「妹はぁはぁ…感じる!!この国にはまだ…!!」
「ガンス…褒められた…いい国だぜ…そうだいつかガンス部隊をこの国に…」
そんな…予感が…うん、きっと大丈夫。
多少の不安を抱えつつもレグルス王国はまた新たな仲間をむかえたのであった。