第三話「戴冠式・準備」


玉座の間は静まりかえっていた。先ほどまでしていた鉄や鋼の臭いや土埃の臭いはしない。
玉座で考えこむ王女の隣に着替え終えたモーゼスが姿勢を整えそっと横に立つ。
「ミフユ様。ひとつお聞きしても?」
深く考え込むミフユに問う。
「なぁに?」
視線を落としたまま静かなトーンで答える。おそらく先の一件を考えていたのであろう。
「国王様はどちらに?」
モーゼスの問いにミフユの体がピクッっと動く。
「…聞いてよモノさん!!」
ようやく顔を上げ、勢いよく語りだすミフユ。ここまでの経緯を細かくモーゼスに説明した。
「…という訳なのよ!!信じられる?」
ミフユの話にモーゼスは驚いた様子もなくなるほど。と、つぶやき
「ではミフユ様、戴冠式はまだなのですね?」
「うん、まだだけど」
「ではやってしまいましょう」
「は?」
満面の笑みで告げるモーゼスにたいしてたった一言しか言えないミフユであった。

そしてその瞬間に後日戴冠式が行われる事が決定した。


「モノさんも強引すぎる…」
そうぶつぶつ言いながらミフユは廊下を歩く。
「でもまぁ仕方ないんじゃないの?あの報告聞いたら…ね」
ミフユの隣にいるハルカが答える。
「まぁ確かに…おそらくモンスターの噂はすぐに広まるだろうし、そんな中で国王不在じゃ問題あるけど…だからって…」
「まぁでもどうせやるつもりだったんでしょ?」
「そうだけど…」
「なら何が文句あるのよ」
「いやほら…ママがいて、ルンや皆がいるところで最高に可愛いドレス着て、国民のみんなに見られながらパパから王冠を…」
「くだらな…」
「くだらなくないわよ!!私にとっては…ん?」
「どうしたの?」
「私、誰から冠もらうの?」
通常であれば会場である大聖堂の大主教などが祈祷したのちに王冠などを授けるが、ここレグルス王国では大主教の祈祷後に現国王自らが行うらしい。
が、今その国王は不在である。
「あ」
二人で顔を見合わせる。するとどこからともなく
「俺だ俺だ俺だ俺だ俺だー!!そう!!スティンガーだ!!」
ポーズを決める使い魔スティンガー。そして数秒の間。
「「嘘でしょ?」」
二人がハモル。
「って思うじゃないっすか?マジですぜ」
「え…」
スティンガーはふざける事はあっても嘘はつくことはない。ミフユはそれをよく知っている。知っているが故に戸惑っている。
「いやぁ、獅子王のおっさんに頼まれたんすわ。冠渡すの」
ミフユの顔が絶望の色にかわる。
「ド…ドンマイ」
ハルカのその言葉が胸に刺さる。
「なぜ…スーちゃん?」
顔をひきつらせながらやっとの思いで言葉をはく。
「いやね、おっさんが出掛ける間際に俺を呼んで。ミフユの戴冠式の役目はお前に任せるからって言うから、おうって」
「あんのお・や・じぃ~…」
怒りをあらわにするミフユにハルカが
「でも仕方ないんじゃない?モノさんは立場的にやりたがらないだろうし、そうなると国王と一番付き合いながいスーちゃんが適任かも」
「でしょうでしょう」
うんうんと翼をパタパタさせながらうなずく使い魔。
「はぁー…」
「大丈夫っすよ。ちゃんと人型モードでやりますから」
「変な服…禁止よ…?」
「え?」
ミフユのジト目での忠告に一言しか発せられなかった何かを企んでいた使い魔であった。


戴冠式の準備は着々と進められていた。当日の主役であるミフユの衣装や当日の会場の準備などはほぼ整っていた。
色々な指揮をとっているハルカとモーゼスは相変わらず忙しそうではあるが、それも大分落ち着いた。
しかしそんな中暇を持て余している姉妹二人が何かそわそわしていた。
「ルン、いい?私は自分の戴冠式で、女王になるからってその準備を手伝わないのはどうかと思ってるの」
人差し指を立て、少し前のめりになりながらミフユがルンに向かっていう。
「はい!!」とルンもまた元気よく答える。
「それで、今からモノさんに何か手伝う事がないか聞きに行こうと思ってるの」
「おぉ!!ルンも行くぅ!!」
「そう言うと思ったわ!!それじゃあ行くわよ!!ルン!!」
「はぁい!!」
二人で意気込んでモーゼスの作業現場へと向かった。
モーゼスの仕事は会場であるクーラージュ大聖堂で戴冠式へ向けて宝飾品の飾りつけや段取りの確認、見学などにくる国民用のスペースの準備
などである。
「ターゲットロックオン…」
ミフユがモーゼスを見つけそうつぶやく。そして…
「モノさん!!」
名前を呼ばれ振り向くモーゼス。
「おや、どうなされたのです?姉妹そろって。散歩ですか?」
笑顔でそう答えるモーゼスに
「お手伝いに来ました!!」と答えるルン。
「手伝いですか?」
「そうなの、自分の事だし、なんか一人だけ何もしないのは…」
「ルン様やスティンガー様も何もしてないではないですか」
と、笑顔のモーゼス。
「だからルンも手伝います!!お姉様のために!!」
「ルン…」
いい雰囲気の姉妹に対してモーゼスは妙な提案をする。
「流石に主役であり、正式に女王となるミフユ様にこういった雑用はさせられません。そしてその妹君のルン様も同様です」
「わかってるけど…」
残念そうにうつむくミフユ。
「なので、どうしても手伝いたいとおっしゃるのならば、テストをしましょう」
「テ…テスト?」
「はい、今から私が言う事にルン様がちゃんとお一人でできればお二人とも私の指揮のもと働いていただきます。どうします?」
「やります!!」
間髪いれずにルンが手をあげる。
「ちょ…ルン」
ミフユはかなり心配そうである。そんなミフユをよそにルンは両拳をつくり、鼻をならしている。
「では、ルン様。こちらにある装飾品を、あそこで作業している兵士さんに届けてください」
「はい!!わかりました!!」
元気よく返事をし、ガラス細工の装飾品を両手に持ち走り出す。
コケッ。バタッ。バリーン。
そんな音が綺麗に3つ並んだ。勢いよく駆け出したのはいいが、ほかの装飾品につまづき、こけて手に持っていた装飾品を投げ出し割ってしまったのだ。
「ちょっとルン!!大丈夫!?怪我ない!?」
ルンのところにかけだすミフユ。
「はいぃ…大丈夫。でも装飾品…」
「大丈夫ですよ、ルン様。まだ数はあるので」
笑顔のモーゼス。
「こちらの片づけはやっておきますので、今度は街の商店に行き、こちらの書状に書かれたものを受け取りに行ってきてください。地図もそこに書いてありますので」
モーゼスのその言葉にミフユは「えっ」と言葉を発した。そう、ミフユは知っている。妹が母親譲りの究極の方向音痴ということを。
しかしそんな事おかまいなしのルンは「わかりました!!」と元気よく駆けていった。
「モノさん…計ったわね」
「何がです?」
「はぁ…」
「いつ帰ってきますかね?普通に行けば10分ほどで行き来できる距離なのですが」
「あぁ…心配だわ」
10分後・・・
「来ないわね」
20分後・・・
「戻ってきませんね」
30分後・・・
「流石に探しに行ったほうが…」
40分後・・・
「モノさぁぁぁぁん!!行ってきました!!」
ようやく戻ってきたルン。ほっとする姉と笑顔の執事。
「おかえりなさいませ、ルン様。いったいどちらまで行っていたのです?」
「う・・・」
言葉につまるルンの後ろから声が聞こえてきた。
「どこまでも何も街中で半べそかきながら走りまわってましたわ」
スティンガーである。
「俺が見つけなかったらずっと帰ってきてないっすよ」
「と、いう事はスティンガー様がこちらまで?」
「おうよ!!俺様が道に迷う訳ないでしょう」
「ではルン様不合格ですね」
「がーん」
口にだすルンに対し、事を理解していない使い魔。
「およ?」
「という訳でわかっていただけましたか?ミフユ様」
「えぇ、十分わかったわ…」
「では大人しくルン様と一緒に遊んでいてください」
「はい…」
「代わりにこの使い魔様を手伝わせますので」
「え?えぇぇぇぇ?」
笑顔のモーゼスに連れていかれる使い魔であった。
「お姉様ごめんねぇ…」
しょんぼりしているルンに対してミフユは優しい笑顔を向け
「いいのよ、そーいうところ私は好きよ」
「お姉様…」
「お城にもどってお茶でもしましょう」
「はい!!」
よくわからない事で姉妹の絆を深め、帰路につく姉妹に対し遠くから文句を言っている使い魔もいたようだが、二人の耳には届いていなかった。
「このポンコツ姉妹ー!!」