第9話「glacer mois(グラセ モア)・後編」


「ようこそおいでくださいまいた」
スカートの裾を両手でつまみ、深々と礼をするドレス姿の少女。少しウェーブのかかった綺麗な緑色の髪の毛が顔を上げると同時に揺れる。
そう、この人こそアイリーン王国の現国主。ヴェルティアである。
「あら、ヴェル。わざわざ出迎えに来てくれたの?別によかったのに」
馬車から降りたミフユがそう告げるとヴェルティアは嬉しそうに
「お部屋でミフユしゃまの到着を待ちわびていたところ、馬車から身を乗り出しているミフユしゃまが見えたのでわたくしもつい嬉しくなって出てきてしまいましたわ」
見てたのね。とすこし恥ずかしそうなミフユである。
「あら、そちらの方ははじめてですわよね?」
ヴェルティアがヒヅキの方に目を向けそう告げる。
「うん、最近うちの国に来たヒヅキさん。言葉がちょっと荒いところあるけどいい人よ」
ミフユがそう言うと、ヒヅキは姿勢を正し
「レグルス王国騎士団のヒヅキです。お初にお目にかかり光栄であります」
こういう事はしっかりこなすヒヅキであった。
「こちらこそお会いできて嬉しいですわ。我がアイリーン王国へようこそ。わたくしは主のヴェルティアと申します。ヒヅキしゃまどうぞよろしくですわ」
ヒヅキはこちらこそ。と告げるとともにどうしてもさっきから気になるところがあった。
それは名前のあとにつけられる「しゃま」である。なんだろうしゃまって…と考えているとミフユが隣にきてそっと耳打ちしてくる。
「ヴェルはね、なぜかわからないけど、『様』って言えないの。誰に対しても、なになにしゃま。になっちゃうのよ」
あ~なるほど。様って言っていたのか。納得した。と頷くヒヅキ。
「さ、皆しゃま、こちらへどうぞ」
ヴェルティアがお城の中へと案内してくれているが、ヒヅキはそのヴェルティアの背中をずっと見つめていた。
その後姿をみながらいくつもの感想が次々と頭の中でざわめいている。
この姫様がこの国を立て直したのか。やら、身長どのくらいなのだろうなど。
しかしクールなヒヅキが考えてしまうくらい、ヴェルティアは華奢で小さかった。ルンと比べてもかなり小さいのだ。
そんな少女が一度滅びかけた国を立て直すとは一体どんな魔法を使ったのだろうとヒヅキが思ってしまうくらい小さな女の子なのだ。
少々難しい顔をしていたのか、ヴェルティアはヒヅキを気に掛ける。
「どうなさったのですか?」
「え?…あ、いえ…なんでも」
下から覗きこまれ尋ねられたヒヅキは曖昧に告げる。
そういったやりとりをしている間に応接室へと到着する。
「今、お部屋の方の準備をしていますのでそれまでこちらでお茶でもいたしましょう」
ベルティアの心遣いに、いただくわ。と笑顔で返答するミフユ。
手をたたき速やかにお茶の用意をするように使用人に告げるヴェルティアであったが、ヒヅキはそれを見てやはり違和感を覚える。
こんな小さい子が・・・と。
しばらくしてティーセットやらケーキやらが運ばれてくる。どれも高そうなものだ。
まるでここが自国と言わんばかりの態度でミフユはソファーに座り、テーブルの上に用意されているものを見ている。
(なんでこの人は他所の国でこんな態度でかいんだ?)
ミフユの横に立っていたヒヅキはその様子を見ながら心の中でそう思っていた。
ヒヅキの中の常識では他国に招かれた貴族や王族はもう少し余所行きの『顔』になっているものだと思っていた。
だが目の前の女王は自国にいる時と変わらない。いつもと違うのは…ドレスの露出が少ない事だろうか。
「そういえばミフユしゃま。ルンしゃまはどうなさったのですか?今日はてっきり一緒に来られるものだと…」
丁度紅茶のいい香りがしてきた頃にヴェルテイアはミフユに尋ねる。
「あぁ、それがね。あの子ちょっと体調崩しちゃって…今寝込んでいるわ」
少し心配そうな顔をしながらミフユは答える。
「えっ…それは大変ですわね。大丈夫なんですの?」
「うん。ただの風邪らしいから数日寝込めば大丈夫だって」
そういったミフユたちの会話を聞きながらヒヅキはどこか落ち着かなかった。いつも肌身離さず担いでいた愛用のガンランスがないというのも理由のひとつではあるのだが。
(流石に他国の城の中であのでっかいのは担げないよな…)
少し寂しそうに心の中で思う。
今この部屋にいるミフユの護衛はヒヅキ一人である。
他の騎士団の面々は城のすぐ傍にある宿泊所で待機をしている。これはヴェルティアが用意してくれたものだ。
流石に少数とはいえ武装した面々が城にぞろぞろと入り込むわけにはいかない。
なので護衛はヒヅキ一人で、しかも装備は細身の剣一本を許可されているのみだ。この国に来る前から色々な訓練をうけているので多少は使えるが、やはり心もとないヒヅキである。
そんな事を色々考えていると、ヴェルティアから声をかけられる。
「ヒヅキしゃまもよろしかったらこちらに座ってお茶をどうぞ」
その言葉を受け、どうしたらいいかわからなかったので、ヒヅキはミフユの方を見る。
「うん、せっかくだからいただきなさいな」
女王にそう言われたので好意を受けることにした。
ティーカップに注がれた紅茶はとてもいい香りがした。
たまに訓練後などにモーゼスが振る舞ってくれているので、色々な紅茶をレグルスでも飲んできたがこの香りは初めてだと少し心を躍らせているヒヅキ。
しかし香りの違いはわかるが、どんな茶葉を使っているかとかそういう細かいところは全く理解できない。モーゼスにも色々教えてもらったが、チンプンカンプンである。なので感想は
「おいしい」と「いい香り」しか出てこない。
しかしただそれだけの感想だけでもヴェルティアは満面の笑みを浮かべヒヅキにたいして「ありがとうございます」と言うものだからヒヅキは少し照れてしまっていた。
そうこうしていると、急にヴェルティアの雰囲気が変わった。
「そ…それであの…ミフユしゃま…」
「こないわよ」
間髪入れずにミフユがヴェルティアの言葉をさえぎる。
「ま…まだ何もいってません!!」
「ハルカでしょ?こないわよ」
「そうですか…もぅ…ハルカしゃまったらまだ照れていらっしゃるのですわね」
ヴェルティアのその言葉を聞いて訳がわかっていないヒヅキにミフユが
「ヒヅキさん、聞きたい事あるならなんでも聞いていいわよ。きっとヴェルはなんでも答えてくれるわ」
「はぁ…」
そんな返事をしているとヴェルティアが鼻息を荒くして語り始めた。
「ハルカしゃまは私の王子しゃまなのです!!」
「お…王子様?」
訳が解らなかった。だってハルカさんは女じゃん。と心の中で思うヒヅキ。
「はい!!わたくしのピンチに颯爽と現れた王子しゃまなのです!!」
そこでヒヅキは理解した。ミフユは馬車の中でお姫様はギリギリ助けられたと言った。それを助けたのがハルカで極限状態だったお姫様はハルカがさぞかし輝いて見えたに違いない。だから王子様なんて言ってるのかと。
「でもあの子私と違ってそっちの線薄いわよ?」
「問題ありませんわ!!きっと愛は伝わるはずです!!」
ヒヅキは思った。お茶はおいしいがこの会話にはついていけないと。

 

「姫様、そろそろご準備を」
いかにもという見た目の執事がヴェルティアにそう告げる。
「あら、もうそんな時間でしたのね。わかりましたわ」
つい話がはずんでしまい、時間を忘れていたようだ。ふとミフユは外をみるともう夕日が沈みかけていた。
「では、ミフユしゃま、ヒヅキしゃま。また後ほど。失礼いたしますわ」
「うん、またあとでね」
そう挨拶をするとヴェルティアは侍女たちに連れられ部屋から出ていく。
それを確認すると先ほどの執事がミフユたちに部屋の準備ができたことを伝え、案内する。
「こちらでございます」
そう告げられミフユは部屋に入る。
案内された部屋は海の見えるとても景観のいい部屋だった。
「ヒヅキ様のお部屋は隣にご用意しておりますが、こちらでお待ちになられますか?」
気を使った執事ではあったがヒヅキはどうしようかと悩んでいた。正直一人で一度落ち着きたいというのが本音だ。
「私時間まで少しゆっくりするから、ヒヅキさんも少し休みなさいな」
心の声が聞こえたのか女王はそう言ってくれた。
「はい、じゃあお言葉に甘えて」
「うん、じゃあ時間になったら迎えにきてね」
「了解です。ではまた」
そう言い残し、ヒヅキは一礼する執事とともに部屋をあとにする。
一人取り残されたミフユはソファに座り、外を眺める。
この国に来ることはそう珍しくはないけれど、やはり少し離れるだけで自国が恋しくなる。そして心配になる。
特に病気で床にふせている妹を残してきているのだから余計である。
一度使い魔に連絡して様子をうかがおうと思ったと同時にミフユはまどろみの中に沈んでいった。

 

コンコン
ドアをノックする音だという事だとわかったときようやくミフユは自分がいつの間にか寝ていたのだと気付く。
「ミフユさんそろそろ時間です」
ヒヅキの声に咳ばらいをひとつして答える。
「はーい。ちょっとメイクなおしたいから誰か呼んできてもらえるかしら?」
「・・・・わかりました」
少しの沈黙のあとの了承。きっとなんで自分がと少し思ったのだろうとミフユは考えふっと笑みをこぼす。
その後数分で侍女が部屋にきて、ミフユの身だしなみを整えはじめる。
それをヒヅキは無表情で眺めている。
「ミフユ様の髪本当にお綺麗ですね」など顔だちがなんやらとミフユの事を侍女たちが褒めているがヒヅキは全く興味なさそうに見ているだけだ。
そんな視線に気づいたミフユはヒヅキに向けて悪戯っぽく
「ヒヅキさんも化粧とかしてもらったら?」
などどいうものだから周りの侍女たちも盛り上がってしまい、ヒヅキにやりましょうと言ってくる。
しかしヒヅキはもちろん断る。もったいないだのきっと綺麗になるのになど言っているが本当に興味もなければ迷惑なだけであった。
それを悟ったのか侍女たちもミフユもあまりしつこくは言わなかった。
そしてミフユの準備が整うと同時にパーティの準備が整った事の知らせが届く。
「さて、それじゃあ行きましょうか」
ミフユはヒヅキにそう告げると立ち上がり部屋をあとにする。会場へと向かう道中他の国の貴族たちから挨拶されるがそこはさすが一国の女王である。
いつものミフユとは思えないくらいしっかりと挨拶を交わしていた。
会場に着くとヒヅキはその人の多さに目眩がした。ただでさえあまり人が多いところは得意ではないのにここまでの人数になると流石にキツイとヒヅキは思った。

しかし仕事は仕事である。気合いをいれなければ。
そんな事を思っていると音楽が鳴り始め、ざわついていた会場が鎮まる。どうやら始まるようだ。
特別に設置されたステージの奥から本日の主役が登場すると歓声と拍手がおこる。
それをしばし落ち着くまで瞳を閉じながら聞いているアイリーン国主だが、しばらくして瞳と口を開く。
「本日はわたくしのためにみなしゃまありがとうございます」
見た目は小さく華奢な女の子であるが、たたずまいは凛としていて可憐である。だからこそ「しゃま」という言葉に少し笑ってしまうなとミフユは心の中で思っていた。
「わたくしが即位してから丁度1年。隣国の皆しゃまや、父の古くからのご友人の方々の支えがあってここまで立て直せました。まだまだ未熟者ではありますが、どうぞこれからもよろしくお願いします。今日は皆しゃまのために色々な食事やお酒をご用意いたしましたので、どうか楽しんでいってくださいまし」
そう最後は笑顔で挨拶するとまた歓声がおこる。そして、パーティは開始された。
「あのお姫様『さ』が言えない訳ではないんですね。お酒ってちゃんと言えてたし」
ヒヅキの唐突な言葉にミフユも笑いながら
「そうなのよ。だから更に笑っちゃうのよね」
そんな事を話していると一人の貴族っぽい痩せた男がミフユに話かけてきた。
「どうもお嬢さん。お初にお目にかかります。わたくしはアイリーン家を昔から支えてきたドルトルクス家の次期当主のマルスと申します」
「はい、どうも」
相手がきちんと挨拶しているのにミフユは興味なさそうに挨拶をした事に隣にいたヒヅキは少し驚いた。
「失礼ですが先日即位なされたばかりのレグルス王国のミフユ女王陛下では?」
「そうだけど、なにか御用?」
やっぱりどこかそっけない。しかし相手は構わず続ける。
「あなたのお噂は常々きいておりましたが、いやはや実際お会いして目を疑いました。まさかこんなにもお美しいとは」
「そう、ありがとう」
ここまできてようやくヒヅキはわかってきた。ミフユがとてつもなく面倒がっていることを。
「それで、要件はなに?」
相手が長々と褒めているので嫌気がさしてミフユは単刀直入に聞く。
「は・・・あのですね。よろしければこのわたくしと結婚を前提に・・・」
「無理」
「え?」
あまりに早い返答に相手が固まっていると
「だから結婚とか無理。今は考えてないし。だから何を言われても心揺るぎませんのであきらめてくださいな」
「いや、で…ではダンスだけでも」
食い下がろうとミフユに手を伸ばそうとする男であったがヒヅキによって遮られる。
「女王陛下がこうおっしゃっているので、どうかご理解を」
そう言葉ではいいながら目では威圧するヒヅキ。それにひるんだ男は肩をおとし去っていく。
「おぉ~ヒヅキさんよくできましたー♪」
笑顔で言うミフユにため息がこぼれるヒヅキ。しかし次の言葉でもっとため息をつくことになる。
「ほら、まだまだくるわよ」
「え…」
いつの間にか目の前には列ができていた。すべてミフユに求婚もしくはお近づきにと考えている男性ばかりである。その数に会場へ入った時よりも更にひどい目眩を感じたヒヅキであった。

 

ヒヅキはバルコニー付近の椅子にもたれかかりぐったりしていた。それもそのはず。ミフユに縁談をもちかけてはミフユが断り、しつこく食い下がる相手にはヒヅキが対応して…というのを小一時間続けていたのだから。
「ヒヅキさん、お疲れさま」
そこへ飲み物と食事の少し盛られた皿をミフユがもってきた。本当は女王にこんなことさせてはいけないのだろうが、今は無理だ。動けない。とヒヅキはうなだれる。
「ミフユさんは疲れないんですか?」
「ん?そりゃあ疲れるわよ。面倒だし。でもまぁもう慣れてるから」
父の付き添いで色々な国にいけばこういった話は絶対についてくる。小さいころからだからもう流石になれたとミフユは言う。
「でもそれならさっさと結婚すれば求婚されなくて済みますよね」
「あのねぇ、そんなに簡単に一国の主が結婚なんてできるわけないでしょ。こっちに迎え入れる形になるんだし」
それは確かに。流石に失言だったと思ったヒヅキ。
「それに私理想高いし、モノさんくらいの紳士とじゃなきゃ絶対無理よ」
「それ、ほぼいないんじゃ」
「そうなのよねー」
そんな事を話していると。ヴェルティアが近づいてくる。
「ミフユしゃま」
「あら、ヴェル」
「先ほどは随分と長い列ができてしまっていましたわね」
「そうなのよ。いつものあれ」
「あぁ、そうですか。申訳ございません。配慮が足りませんでしたわ。わたくしも少々捕まってしまって」
「あぁ、大丈夫よ。気にしないで。ヒヅキさんもいたし」
「お詫びといってはなんですが、最高級のシャンパンおもちしましたわ」
そう言うと後ろにいた執事がミフユたちのいたテーブルの上で用意をし始めた。
「あら、ありがとう」
普段あまり酒は飲まないがミフユは酒が嫌いなわけではないので最高級と言われちょっと心が躍っている。
ヒヅキの分のグラスにも注がれ
「俺のもいいんですか?」
言った瞬間ヒヅキはハッとなった。ここへきてから第一人称には気を付けていたのだが、少し気が緩んだのかいつも通りになってしまった。
しかしヴェルティアはあまり気にせずにもちろんと答えてくれた。
三人が金色の液体の入ったグラスを持つのを待ってからミフユが言葉を発する。
「ヴェル、本当にこの一年頑張ったわね。これからもお互い支えあいましょう」
「はい。これからもよろしくお願いしますわ。ミフユしゃま」
「こちらこそ。それじゃあ乾杯」
その言葉とともに3つのグラスがカチンという音をたてて触れ合った。

 

乾杯をしてからどれくらいたっただろう、歓談の時間を終え会場はダンスパーティーの時間になっていた。
それにともない先ほどまで同席していたヴェルティアは祝いにきた貴族たちと踊っていた。そしてミフユはというと…
「あら、もうなくなったのぉ?ヒヅキしゃん、ワイン追加ー!!」
飲みまくっていた。
「ちょっとミフユさん。飲みすぎですよ。色々な人たちいるところでそんな酔っぱらった姿晒していいですか?」
「なによー。そんなに酔って…ヒック…にゃいわよー」
「呂律まわってないじゃないですか。もうだめです。あまり飲みすぎて醜態晒して…結果的にモノさんに怒られるの俺なんですよ」
「モノさん…」
その名を聞いて脳裏によぎったのは怒られている姉妹の姿。モーゼスは基本的には優しいのだが厳しい時は厳しく、ミフユやルンに対しても容赦なくお説教をするのだ。特に妹はよく笑顔で怒られている。
「きょ…今日はこれくらいにしておきましょう」
一気に酔いがさめてしまった。まぁでもこれ以上飲んで本当に醜態を晒すよりはマシか。いい気分で飲めていたし。と思うミフユ。
会場ではいまだ優雅な音楽が流れていた。それを聞いてミフユはいい事を思いついた。
「あ、そうだ!!ヒヅキさん。一緒に踊りましょう!!」
しかしそれはミフユにとってはいい事でも、ヒヅキにとっては迷惑な事であった。
「は?」
ヒヅキの口から出たのはその一言。
「ほら、行きましょう!!」
しかしミフユはヒヅキの手をとり容赦なくダンスの場へと強引に引っ張っていく。
「ちょ…ちょっと!!俺はダンスなんて…」
その声むなしく、大人数が躍り舞う場所へと連れてこられてしまった。
「はい、手をとって」
笑顔で手を差し出してくるミフユ。それに対してヒヅキは呆れた顔しかできない。
(どうしてこの人はいつもこんなに強引なんだ…)
心の中でそう思っていても、ここまできたらやるしかないかと諦めている。
「仰せのままに」
少し皮肉を込めてそう言ってみるも、女王には効果は薄い。すべてわかったうえで満面の笑みを向けてくる。
そしてヒヅキはミフユの手をとり腰に手をまわし、ミフユは手を重ね、ヒヅキの肩に手を添える。そして音楽にのせ、お互いステップを踏む。
「あら、ヒヅキさんやっぱり上手ね」
「やっぱりってなんですか」
「いや、普段の姿勢とか佇まいとかみてて踊れるのかなって思ってたから」
「まぁ…少しはたしなんでました」
こんないつも通りの会話をしていたが、いつの間にか周りの視線は二人に注がれていた。
それはそうだ。基本的にこういった場所で踊るのは男女のペアである。同性同士でペアを組む事など滅多にない。
ただ、注がれた視線は奇異の眼差しではなかった。ミフユは幼いころからダンスというものを習っていたし、踊れるのは当たり前だが、ヒヅキも中々の上手さなのだ。そして長い黒髪と金髪が優雅に舞うものだからどうしたって神々しくみえるのだ。
そしてミフユはこの視線に気が付いていた。そのためわざと会場の中心に行くようにさりげなくヒヅキを誘導する。
しかしヒヅキはミフユのステップにあわせるのに必死なのと、早く終わってくれないかなという気持ちでそんなミフユの思惑や周りの視線には気づいていなかった。
そして曲も終盤に差し掛かった頃、完全にミフユたちを取り囲むように円ができていた。
「ヒヅキさん、目を閉じてもステップふめる?」
「はぁ、できますけどなんで?」
「戦闘に役立つ訓練よ。私も昔やっていたの」
踊っているのが自分たちだけだとミフユはヒヅキに気づかせまいとそんな嘘をつく。
逆らうと色々面倒なのでヒヅキは素直に言うことを聞くことにした。
周りの視線を浴びる事で気分をよくしたミフユはついつい調子に乗ってしまっている。今日の主役であるのはヴェルティアだというのに。
そして曲も終盤にさしかかり、音楽の終わりとともに最後のポーズを決める。やれやれやっと終わったかとヒヅキが思い、目を開けようとしたその瞬間にすごい歓声とともに無数の拍手の音で思わず体を跳ね上げた。
「ほら、ちゃんと皆様に挨拶しないと」
目を開けたヒヅキが目にしたのは自分たちを中心に取り囲むヴェルティアや貴族たち、そしてのうのうとスカートの裾を両手でつまみながら周りに気分よく挨拶をする女王の姿。この状況に理解はしたが訳がわからない彼女。
(な…なんだこれは…)
ヒヅキの顔がみるみるうちに赤く染まっていく。ろくに挨拶もできずに口をぱくぱくさせているとヴェルティアがニコニコしながら二人のもとに近づいてきた。
「素晴らしいですわ!!とても美しかったです!!まるで王子様とお姫様のようで!!」
少し興奮気味のヴェルティア。
「ありがとう。でも、ごめんなさいね。なんか気分よく踊らせてもらって」
「いえいえ、この歓声をお聞きくださいまし。感動いたしましたわ」
二人が色々喋ってはいるが、ヒヅキは全く耳にはいってこない。いや、状況が理解できていない。しかしそんなヒヅキに構わず二人は話を続けていた。
しばし固まっているといつの間にか色々な女性に囲まれていた。さらに意味不明な状況にヒヅキは思考を停止するほかなかったのであった。

 

部屋の中に流れ込む潮風。そのほのかな香りと小鳥のさえずりでヒヅキは目を覚ます。
いつもとは違う目覚め方で、一瞬まだ夢の中なのではないかと思ったが、目を開けて目の前にある顔をみて一瞬で現実に引き戻される。
「な…なにやってるんです?」
ジト目をむけつつ、顔を覗き込んでくる女王に疑問をなげかけると、なんの悪びれもなく
「寝顔みてたの」
と言われるものだから疲れる。ただでさえ昨日は慣れない事や対応だらけで部屋に戻ってきた瞬間にベッドになだれ込んでそのまま眠りについてしまったのである。
(あんなにすぐに寝たのはいつぶりかな…)
そんなことを思ってしまうほどである。自分の日課になっていたものですらできないほどであったのだから相当疲れていたのだろう。
「で、なんで朝から俺の部屋にいるんです?」
「ん?朝食の準備がもうすぐできるっていうのにヒヅキさん部屋こないから起こしにきてあげたのよ。ノックしても返事ないから勝手にはいちゃった」
「はいちゃったって…鍵は…」
「うん、かかってた」
「ならどうやって…」
そう言いかけた時にミフユがくいくいと窓の方を指さしていた。
「窓から侵入!?」
「うん、あいてたから」
「あいてたからって…ここどんだけ高いと…」
ヒヅキは窓の外を覗き込む。とても良い景色である。目の前に海が広がっており…断崖絶壁であった。
「あんたはアホか」
その声むなしく女王はこれでもかというくらいドヤ顔をしていた。
そんなミフユを部屋から追い出し、シャワーを浴びることににした。追い出す時に色々ブーブー言っていたが準備ができたら迎えに行くという事でなんとか収まった。つくづく面倒な主をもってしまったなと思う彼女であるが、昨晩ぐっすりと寝れたおかげか機嫌が悪くなる事はないようだ。
シャワーを浴びながら柄にもなく鼻歌でも自然と歌ってしまう勢いだ。
流れ出るお湯を止め、体にバスタオルを巻きさっぱりとした表情でシャワールームを出るヒヅキであったが、すぐにその顔は固まる。
「なんでまたいるんだあんたは」
「ごきげんよう」
椅子に座りながらこちらににこっと笑顔を向けてくるミフユ。
「ごきげんようじゃねぇ!!さっさと出ていけー!!」
「んもう!!部屋にいるくらい、いいじゃないのよ!!ケチ!!」
問答無用で部屋の外に押し出されたミフユはしょんぼりしていた。

 

食卓についた女王は未だにブツブツ文句を言っているが、そんな事は最早ヒヅキの耳にははいってこなかった。
なぜならば目の前の光景がとても信じ難いことになっているからである。
「ちょっと聞いてるの!!ヒヅキさん!!これでも私はねぇ…」
「いや、すみません…ちょっと聞いてもいいですか…?」
「…なぁに?」
「あれ…誰ですか?」
一点を見つめ、緑の髪をした少女を軽く指をさしながら訪ねるヒヅキだがその表情は戸惑っていた。
「誰って…ヴェルでしょ…あぁ、あの子くせっ毛だから朝はああなのよ」
「くせっ毛というか…最早…」
アフロである。ヒヅキはその言葉を自分の中に飲み込み。現実を受け止めようと必死だった。
「さて、食事も運ばれてきましたし、いただきましょうか」
ぽんっと手を叩くアフロの少女。綺麗なドレス。華奢な体。可愛らしい顔立ち。緑のアフロ。このミスマッチにヒヅキはボディーをえぐられていた。
「どういたしました?ヒヅキしゃま。お食べになりませんの?…あっ…もしかしてお嫌いなものとか?」
「あ、い…いえ!!大丈夫です!!い…いただきます!!」
気にしないようにしながらもどうしてもチラチラと目がいってしまいせっかくの豪華な朝食の味がわからなかったヒヅキであった。

 

朝食を終え自国への帰り支度をしているとミフユのいる部屋にヴェルティアがやってきた。
「あら、ヴェル。色々と世話になったわね。あなたの成長もまた見れて嬉しかったわ」
「こちらこそありがとうございました。ミフユしゃまには色々と助けてもらってばかりで」
「それはお互いさまよヴェル。これからもお互い助けあっていきましょう」
「はい。それはもちろん!!…そういえばミフユしゃま」
満面の笑みの後に急にトーンが下がるヴェルティアに首をかしげる。
「どうしたの??」
「…最近何か変わったことありませんか?」
「変わった事…うーん…まぁあると言えばあるわね」
「それはどんな?」
「こっちにも情報を送ったと思うけど。例のモンスターの凶暴化とかね」
「あぁ…こちらの方はまだ目立った被害は出ていないのですが、レグルスはどうなのですか?」
「結構頻繁に報告を受けているわね…まぁそこまで大きな被害ではないのだけど…」
「そうですか…くれぐれもお気をつけてくださいね」
「うん。ありがとうね」
そう笑顔で返すがあまりにも心配そうな顔をするヴェルティアの方が心配になるミフユであったが、きっとハルカの事を思っての事だろうと思い、深くは話しこまなかった。
そんな事を考えていると馬車の準備ができたとヒヅキがミフユの部屋に迎えにきた。
城門前まで見送るという事なので、ヴェルティアも一緒に馬車のあるところまでミフユと並んで歩く。その道中もずっと心配そうな顔をしていたのでミフユは大丈夫よ、心配しないでと何度も告げていた。
馬車の前にたどり着き、宿で待機していた騎士団たちがミフユとヴェルの方を向き跪く。ヒヅキはレグルス王国を出立する時に学習したので馬車の扉を開け、そっと手を差し伸べていた。
「それじゃあヴェル。何度も言うけど色々とありがとうね」
「えぇ、こちらこそわざわざありがとうございましたわ」
見送る最後の顔が辛気臭いものとはなってはいけないと思ったのだろう。ヴェルティアは笑顔でミフユに答える。
「またこっちにも遊びにいらっしゃい」
「はい。ハルカしゃまにも会いに行くと伝えておいてくださいまし!!」
「言っておく」
少し苦笑いを浮かべ、ミフユはヒヅキの手をとり馬車へ乗り込む。
続いてヒヅキもヴェルティアに軽く挨拶をして馬車に乗り込んだ。それと同時に跪いていた騎士たちも彼女に一礼し、馬にまたがる。
「では、ヴェルティア様。お達者で」
「はい、ヒヅキしゃまも」
今は昨日のような艶やかなウェーブの髪であるのでヒヅキもしっかりとヴェルティアの顔を見て話せるようだ。
「では、出してください」
ヒヅキのその掛け声とともに騎士たちも声を発し、馬が駆け出す。
最後にミフユとヴェルティアは手を振りあう。馬車が見えなくなるまで手を振り続けるヴェルティアであったが、見えなくなるとぽつりと呟いた。
「何か嫌な予感がしますわ」
空を見上げると、丁度馬車が走っていった方向の空が灰色に染まっていた。

 

少し時間はさかのぼるが、モーゼスは日課の修練をいつもの場所で行っていた。
先日街の子供たちの指導をしていたのだが、頑張る子供たちの姿をみて刺激されたのか、いつもより気合いがはいっていた。
ふぅ。と一息つき、修練を終えたのか、修練場をあとにしようとした時に一振りの太刀が目にはいった。
「これは…ミフユ様の…」
ヒヅキに荷物の運搬を頼んだ時の事を思い出した。きっとその時ヒヅキが運び忘れたのだろうと紐づいた。
「まぁ…大丈夫だとは思いますが」
こちらもヴェルティア同様嫌な予感がしているようだが二人の予感通りこの後それが当たってしまう事になる。

 

アイリーン王国を出てから数十分。丁度レグルスの国境のあたりまで馬車は到達していた。
その間馬車の中の二人は無言ではあったが、ようやくミフユが口を開く。
「なんだか雨降りそうね…なんか音してるけど雷かしら?」
「だと思います」
そんな会話そしていると案の定雨が降り出してきた。やっぱりと口ずさむとミフユは馬で走る騎士たちを案じて声をかけるが問題ないとの事なのでそのまま走らせる。
森を抜け、広い草原に出たところで雨も強くなり、雷も激しくなってきた。
それと同時に何やら周りの騎士たちが慌てているようでこちらに何かを伝えているようだが雷と雨の音でよく聞こえない。
しかし時はすでに遅かった。馬にまたがった騎士たちと馬車は何かに吹き飛ばされてそのまま地面に叩きつけられていた。
横転した馬車から辛うじて脱出するミフユとヒヅキ。
「いてて…一体何が起こったの?みんな大丈夫?」
そう言ってみるも周りの騎士たちからは倒れたまま返事が聞こえない。生きてはいるがかなり危険な状態であるのは見てわかった。
「ヒヅキさんは!?」
ミフユはそう叫びながらヒヅキの方を向くが、ヒヅキは茫然と一点を見つめ立ち尽くしている。
「な…なんでこんな所にあいつがいるんだ…」
「あいつ…?」
その視線をおうと、目の前には風を体に纏う白銀の龍が悠然と立っていた。
「なっ…ク…クシャル…ダオラ…」
そう。古龍クシャルダオラだ。ヒヅキの言う通りなぜこんな所に…である。今までこんな場所に古竜が出現したなんていう事は一件も事例がない。
騎士たちも油断するはずであり、目を疑いたくなる。
天候のせいもあるが、ミフユの体が一気に冷たくなる。
「…まずいわね…怪我人のいるこの状況で逃げ切れる訳はない…」
とにかくスティンガーを呼ばなければと急いで念話をしてみるも、スティンガーから返事はない。
どうやらスティンガーはルンの看病で疲れたのか、すっかり元気になったルンをみて安心して泥のように寝ているようだ。
「なんで返事ないのよ!!あのポンコツ使い魔!!」
そんな事を言っていると、目の前のクシャルダオラがこちらに向かって歩きだした。
「…ミフユさん、どうします?」
「この状況…もうやるしかないでしょ…」
「ですよね…」
「ヒヅキさん、馬車から私の武器だして」
「わかりました」
そういって馬車から取り出した穿龍棍をミフユに手渡す。
「ありが…え?」
固まるミフユ。
「どうしたんですか?」
「いや、私の太刀は?」
「太刀?太刀なんてないですけど…」
「えっ!!うそ!?…モノさん荷物入れ忘れたのかしら…でもあのモノさんが…」
「あ…」
あの時荷物を搬入したのが自分だという事を思い出したヒヅキ。
「ミフユさん…すみません。荷物搬入したの…俺です」
「えぇ!?なんで私の太刀もってこなかったの!!」
「いや、昨日訓練でこれ使っていたから愛用の武器なのかと…」
「これはスーちゃんの使ってる武器興味あったからロゼと練習してて…私が太刀マニアなの知ってるでしょ!?」
「いえ…知りませんでしたが…」
「うそー!?」
ミフユを視線でおうことはあっても、話す事はほとんどなかったヒヅキはミフユがどんな武器が好きなのかなど知るはずもなかったし、一緒に訓練する事もなかった。昨日の朝たまたま目にした穿龍棍をつかっている姿をみてこれが愛用だと思い込んでいた。
「くっ…実戦は初めてなんだけどやるしかないか…」
そう言うとミフユは自らのドレスの裾をビリビリに破りはじめた。その間から白い脚がみえ、ややはしたない恰好ではあるがそんな事はかまっていられない。動きやすいようにしたのであろう。
「とにかくヒヅキさん、皆を巻き込まないように引き付けながらここ離れましょう」
「了解です」
そう言葉を交わすと同時に二人は走り出した。するとクシャルダオラも反応をみせた。
(やっぱり狙いは動いている私たちか…)
ミフユたちの走る方向にクシャルダオラも向かってくる。騎士たちの倒れている場所からそれなりに離れたのでこの辺りでいいだろうと思った瞬間に龍は自らの口から風のブレスをミフユたちに向けて放ってきた。
ミフユは穿龍棍を地面に叩きつけ、その反動で空中に逃げ、ヒヅキは盾を構えガードをする。
「もう、あいつイキナリなんなのよ!!」
着地と同時に文句を言うミフユ。
「ふぅー…武器は違うけど別に初めての狩りな訳じゃないわ…心を落ち着かせて…」
自分に言い聞かせるように呟き、武器を構え覚悟を決めるミフユ。その意志が伝わりヒヅキもガンランスを構える。
「いくわよっ!!」
その声とともに駆け出すミフユ。頭の中では過去に教わったスティンガーの教授が流れている。
『いいか嬢ちゃん。この武器は結構クセのある武器でな。使い方によってはかなりの火力を発揮できるが、何も考えてないで使うと火力を最大限発揮できない武器なんだぜ。まぁ振り回してもつえーけど』
なぜか師匠モードの時はミフユの事を嬢ちゃんと呼ぶスティンガーを思い出し少し笑みがこぼれる。
『まずリーチってのがあってだなぁ。この通常の状態がリーチ長状態だ。そしてここをこーしてふっとすると、リーチが短くなるのだ』
(そしてリーチを変える事によって肉質へのダメージが変化して戦い方もかわる!!)
頭の中でスティンガーの言葉を思い出しながら、答えを自分の中で導きだす。
「リーチ短…普段打撃なら頭を狙うのが当たり前だけど…」
ダッダッダッダと走りこみながら、ミフユはクシャルダオラの目の前までくる。もちろんクシャルダオラは警戒し、右前脚でミフユを薙ぎ払おうとする。
その瞬間に先ほどのように穿龍棍を地面に叩きつけ跳躍する。
「弱点は…ここっ!!」
ミフユはクシャルダオラの翼目がけて連撃をいれる。穿龍棍を空中で振り回し、一撃、二撃三撃といれていく。
思わぬ攻撃と痛みにクシャルダオラが少し怯む。そしてその足元でいつの間にか竜撃砲の構えにはいっていたヒヅキがいた。
「ミフユさんにばっか気を取られて…こっちも熱いのお見舞いしてやるぜっ!!」
とてつもない爆発音とともにはなたれた爆撃と火炎がクシャルダオラを包み込む。
二人の攻撃に耐えられず、一度クシャルダオラは後退した。
しかし戦意を喪失した訳ではなさそうだ。二人としてはこのまま逃げ去ってほしかったのだがそうは上手くはいかないようだ。
一度体制を整え、先ほどのように駆け出すミフユ。そして同じように目の前で跳躍し攻撃に移ろうとした瞬間にぎょっとした。
そう、ミフユが跳躍するのと同時にクシャルダオラも翼をはためかせ宙に浮いていた。これでは先ほどのように翼への攻撃はできない。しかし、手をとめる訳にはいかなかったのでそのまま攻撃に移ろうとしたが、あろうことか目の前の龍はミフユに向けて風のブレスを放ってきた。
とっさの判断でガードするも空中で吹き飛ばされてしまう。受け身を上手くとれず背中を地面に強く叩きつけられる。
「がはっ」
少しの間呼吸をすることが出来なかったが必死で立ち上がる。クシャルダオラの方に目を向けるとヒヅキが砲撃を上手く使いながら空中にいるクシャルダオラと戦っている。
「クソ…せめて降りてこいっての…」
そんなヒヅキの思いなど知りもせず空中からブレスやら尻尾やらで攻撃してくる。攻撃自体は強力なものではなく、ガンランスの盾であれば余裕で防げるものであった。だが、この天候のせいで足場が悪かった。ぬかるんだ土の上で踏ん張りがきかずヒヅキは尻餅をついてしまった。
そしてその隙を龍は見逃さなかった。無防備なヒヅキに向けて風の塊を打ち付けてきたのだ。やられると覚悟を決め込んだヒヅキであったが自分が吹き飛ぶ事はなかった。
だがその代わりに違う人物が空中へと放り出され、地面へと落下していった。
ドサッ
先ほどのブレスとは違っていた。咄嗟にヒヅキの前に出たミフユはガードの体勢もとれずに直撃をうけてしまった。もちろんその状態で受け身などとれるはずもなく地面へと叩きつけられた。
何が起きたかわからないヒヅキであったがわかる事は自分の後ろにいる女性がぐったりと糸の切れた人形のように倒れているという事。
意識をしっかりともち、体をおこしてミフユに駆け寄るヒヅキ。
「あんた何やってんだよ…」
だが返事はない。
最悪の事態を予測しながら胸に耳をあてると心臓の鼓動は聞こえる。とりあえずは生きているようだ。応急処置などをしたいがそんな事はあの龍は許してくれない。こっちの様子をいつの間にか地面に降り立ち見つめ、そしてこちらに向けブレスを放射してくる。
ヒヅキはミフユをかばうように巨大な盾でガードをする。しかしクシャルダオラは何度も何度もブレスを放ってくる。
「クソ…なんで俺なんかをかばったんだよあんたは…」
ミフユが吹き飛ばされた光景が頭の中で何度も流れ理解ができないとイラつくヒヅキ。
「あんた女王だろ…あんたが死んだら国はどうなるんだっ!?国の皆は悲しむんじゃねぇのかよ!?」
その間もやまない風を受け止め続けるヒヅキ。しかしその盾にも少しずつひびがはいってきていた。
「なんでだよ!!くそ!!なんでかばったんだよ!!」
「それは…あなたも…国の一部だから…レグルスの…私の大切な家族…だ…から…」
叫ぶヒヅキの声で一瞬意識を取り戻し、そう告げると再び意識を失うミフユ。しかしこの言葉がヒヅキにとっては重い一撃だった。

『レグルス王国の事心から愛してくれたらそれでいいのよ。もし私が間違った事をしたら国のために全力で止めてくれる。そういった人を私は必要としているの』

『いつかあなたを…いや、あなたたちを雇った私の目に狂いはなかったって堂々と言える日が来ることを期待しているわ』

アイリーン王国に向かう馬車の中でミフユに言われた言葉を思い出す。
「クソッ…あぁ…わかったよ!!守ってやるよ!!あんたじゃねぇ!!レグルス王国を!!あんたが死んだら国が悲しむからだ!!絶対に守ってやる!」
そんなヒヅキの想いを打ち砕くように自身のもっていた盾がついにブレスによって破壊される。
(なんなんだあのクシャルダオラ…人の意志をもったように狡猾に…)
盾は失ったがヒヅキの闘志は消えていなかった。だがもう一度ブレスを放とうとするクシャルダオラに対してできる事はなかった。ただただミフユを抱き抱え守るという意志を捨てずにいるというのが精いっぱいであった。
クシャルダオラがブレスを放った瞬間にヒヅキたちの目の前に一人の男性が立つ。
そしてあろうことか向かってくる風に対し一振りの太刀を構えその風を一閃する。すると風は左右に割れヒヅキたちの横を過ぎ去っていく。
そしてその男性はこちらに向き苦笑いで
「なんでもやってみるものですね」
と言い放つ。少しパニック状態のヒヅキはクシャルダオラの方に向かう蒼い影を見て、自分たちは助かったのだと認識する。
そこで糸が切れたのか、ヒヅキはミフユを抱きかかえながら意識が途絶えていく。
「ヒヅキ様。本当にありがとうございます。あなたがいてくれてよかった」
命の恩人であるモーゼスのその言葉で胸が一瞬熱くなるのを感じながらヒヅキは意識を失った。