第8話「glacer mois(グラセ モア)・中編」

 

アイリーン王国へ向かう日の早朝、ミフユたちは修練場で騎士団の面々に交じり汗を流していた。
と、言ってもミフユの相手をしているのは専属侍女である、ロゼッタであった。
「やぁぁぁぁ!!」
ガキィィィィン!!
トンファー型の武器を持ったロゼッタが掛け声とともに打撃を繰り出してくる。そしてミフユも同じ武器で受け止める。
「はっ!!」
お互い攻撃と防御を交互に繰り返している。ロゼッタが突きを繰り出せばミフユはそれを受け流し、ミフユが蹴りを繰り出せば今度はロゼッタは身をひるがえして避ける。
そういった事を繰り返していると、鐘の音が聞こえてくる。組手終了の合図だ。それに気づいた一同は組手相手の方に向き、お互い礼をする。
「流石、やるわねロゼッタ」
「いえ、ミフユ様の方こそ流石ですわ」
お互い汗を拭いながら言葉を交わす。
普通のハンターであるならば、モンスターのみを相手にするので組手の訓練などそうそう必要のないものだ。だがここは王国の騎士団。人々の命を護るのが仕事である。戦う相手はモンスターだけとは限らない。
「しかしオジイチャンさんから頂いたこの穿龍棍という武器、すごく使いやすいですわ」
「ふふっ。ロゼッタにはぴったりの武器みたいね」
「えぇ。やっと出会えたという感じです」
そんな会話をしながらミフユも使い魔からもらった訓練用の穿龍棍を自分の愛用の太刀が置いてある場所の隣に置いた。
椅子に腰かけ休憩がてらロゼッタと雑談をしていると、モーゼスが声をかけてきた。
「ミフユ様、そろそろ準備をなさった方がよろしいかと」
「あら、もうそんな時間なのね。わかったわとりあえず汗を流してこようかしら」
そう言いながら自分の荷物に手をかけようとしたところ、モーゼスに荷物は私がお運びしておきますので。と言われたので甘える事にした。
「それじゃあロゼッタ、行きましょうか」
「はい、かしこまりました」
修練場から二人が去って行くのを確認したのちにモーゼスはミフユの荷物を運び出すために整理をしていた。すると後ろから声をかけられる。
「モノさん、なんか手伝いましょうか?」
ヒヅキだ。騎士団員のヒヅキが騎士団長の事をモノさんと呼ぶ。それには理由があった。最初は団長とか隊長とか呼んでいたのだが、モーゼス本人からそういった呼び方は好まないので。と言われたのでモーゼスさんと呼んでみたところ、またまた本人から皆様と同じ呼び方で構いませんよ。と言われた。もともと堅苦しいのが好きではないヒヅキであったので、モノさんと呼ぶことにしたのである。
「そうですね。ではこちらの荷物を馬車の荷台まで運んでいただけますか?」
「りょーかい。武器も?」
「そうですね。万が一のためにミフユ様の武器も積んでおいてください」
はい。と簡潔に答えるとそのまま作業にはいる。
「では、あとはよろしくお願いします。私は他の準備をしますので。あ、それとヒヅキ様。騎士団員用の礼服も準備できておりますので後で取りにきてください」
「そんなの着ないとなのか…まぁそうだよな…わかりました」
少し不満そうなヒヅキを眺めニッコリとほほ笑むモーゼスはでは、と告げ修練場を後にする。
「えっと武器はこれと…よし。それじゃあ持ってくか」
そして荷物を持ったヒヅキも数分後そこから去っていった。


 

出発の時刻。城門前の広場では馬車と数匹の馬が待機していた。そんな中、飾緒や肩章で飾られた礼服に着替えたヒヅキは馬車の横で待機していた。
「うをぉぉぉ!!ヒヅキさんがかっこいい!!」
そんなヒヅキを目にしたシッキーははしゃいでいる。
「ねぇねぇ!!なんかポーズとってくださいよ!!ポーズ!!」
「だぁぁ!!うるせーな!!もう!!あっち行ってろよ!!」
「んふふー。そんな事言ってほんとは私と離れるの寂しいんっすよねー?」
ニマニマしているシッキーを目に、はぁ。と深いため息をつく。寂しいというか不安である。が正解だった。
他の騎士たちは馬にまたがり、馬車の周りを囲み移動する。だがヒヅキはモーゼスの命令で女王と二人きりで馬車の中だ。それだけで気が重い。
「ミフユ様の事。頼みましたよ」
そんな事を考えているといつの間にか来ていたモーゼスにそう告げられる。
「まぁ仕事はちゃんとしますよ」
多少ぶっきらぼうに答えはするが、モーゼスはこの数日ヒヅキとシッキーと過ごして信頼できると感じていたのでニッコリと笑顔で返す。
「しっかしギャラリー多いっすねぇー」
シッキーがあたりを見渡しながらそう言うのでヒヅキも見渡してみる。広場にはたくさんの人々が集まっていた。
「おそらくミフユ様を一目でも見ようと来てくださっているのでしょう」
そうモーゼスが告げると周囲の人々がざわめく。白いドレス姿の女王が城門の方から出てくる。人々の歓声は凄まじかったが、その中から結構な量で
「モノさーん!!」という黄色い声もまじっていた。
ロゼッタの手をとりながらこちらに歩いてくるミフユの隣をスティンガーもパタパタと飛びながらついてきていた。
「ミフユちゃーん!!」や「女王様ー!!」の声に答え手を振るミフユであったが、なぜか「兄貴ー!!」と呼ばれ、オウ!!と答える蒼い鳥。
そんな光景を目の当たりにしたシッキーは
「まさかのおじいちゃん人気…」
とつぶやくほどであった。
「しかしすげぇ歓声だな。あの女王さんのどこがそんなにいいんだ?」
何気なくヒヅキが言うと
「1週間やそこらで全てを知る事はできませんよ。あの方の事は次第にわかってくるかと」
モーゼスが答える。そこで流石に自分でも言葉が過ぎた事に気づく。少し気まずそうにしていると目の前に女王たちがやってくる。
「あら、どうしたの?何かあった?」
ミフユがそう尋ねると、モーゼスは
「いえ、最後の確認をしていただけです」
と答えた。
そう、とほほ笑み返しミフユはヒヅキの方に手を差し出した。
しかし、差し出された本人は、なんだこの手はと理解していなかった。
「ほら、早く私の手をとって。馬車に乗れないでしょ」
少しいたずらっぽく笑うと横からシッキーがヒヅキに向かって
「ヒヅキさんほら!!ちゃんと仕事して!!」
と声があがった。
「わかってるよ!!これでよろしいでしょうか女王様!」
少し不機嫌な声をあげながらミフユの手をとるヒヅキ。
「うん、ありがとうね」
そんな様子に構わずミフユは馬車に乗り込むと席につき、皆の顔が見えるように少し前かがみになり、妹の事、国の事をよろしくとそれぞれに伝えた。
それを確認し、ヒヅキはモーゼスの方に向き。
「それではモノさん行ってきます」
「はい、お願いします」
挨拶を終え、自らも馬車に乗り込もうとしたところ、後ろからスティンガーから声をかけられた。
「おい新入り!!これでも一国の主で、こんなのでも俺たちの主だからな!!そしてこんなのでもルンちゃんの姉でそしてこんなので…」
さらに続けようとして馬車の中から「鳥うるさいわよ!!」とさえぎられる。
「まぁ、なんだ。必ず護れとは言わねぇけど仕事ちゃんとしろよって事だ」
「わかってるよ。おじいちゃん」
「おう。そして自然におじいちゃんなのな」
そんなやり取りを笑顔で見守っていたモーゼスだが、時間が押し迫っているという事もあり、少し急かした。
「そろそろ出発の方を」
そう言われ、ヒヅキはミフユの隣に座り、皆を一瞥したところでモーゼスが
「では出発してください」
と声をかけ、ミフユ達を乗せた馬車はアイリーン王国へと向かって行った。


 

レグルス王国からアイリーン王国まで馬を走らせて大体1時間半といったところか。それほど遠い場所ではない。
自国を出立してから大体20分ほどだろうか。それほど長い時間ではないが、ひづきにとってはもう何十時間もたっているような気がしていた。
この20分の間お互い会話をする事はなかった。隣に座っている女王はずっと窓の外を見つめていた。
別に話したいとは思わないが、何も声をかけられないのも居心地が悪い。そんな事を思っていると
「ヒヅキさんはさ、好きな食べ物ってなに?」
と外を見つめながら唐突に訪ねてきた。
「は?」
と答えるしかなかったヒヅキ。
「いや、好きな食べ物なんだろうなーって思って」
そこでようやくミフユはヒヅキの方を向き話してきた。
多少面倒と思いつつも無視することもいい加減に答えることもできないヒヅキであるのでとりあえず答えた。
「チーズ…とか…」
「そうなんだ!!おいしいわよね」
笑顔で言われるが、それ以上は言葉を返さない。
森を抜け、広い平原に出るとミフユはつぶやくように語り出した。
「この辺りはね、昔戦場だったらしいの」
流石にヒヅキもこの言葉に少し反応した。
「私もパパから聞いただけなのだけど、二代目の国王。一応私のおじい様ね。会ったことはないのだけど、そのおじい様はかなりの野心家だったみたいで、戦争ばかりしていたみたいなのよ。しなくてもいい戦争。パパが言うにはおじい様は世界を自分のものにできると思っていた大馬鹿者だったらしいわ」
苦笑いしながらパパに大馬鹿者なんて言われるなんて相当ねと言いながら話を続ける。
「まぁ見かねたパパはおじい様に謀反を起こし、国から追放したのよ」
そこでようやくヒヅキが口を開く。
「追放ですか…実の親を」
「えぇ、私もその話を初めて聞いた時は驚いたわ。でも、その時のレグルス王国はすたれきっていたらしく、国民の不満も相当だったらしくて…。あげくの果てには国から逃げ出そうとする民を処罰していたらしいわよ」
その言葉に少しヒヅキの表情が曇る。
「まぁそれもパパが王様になってからかわったのだけどね。私が物心ついたときにはすでに今みたいに明るい国になっていたわ」
なぜ自分にこんな話をするのだろうと多少思いつつも、実は結構興味深い話だったので聞き入っているヒヅキである。
「まぁここの平原でおじい様が戦してたのが今から行くアイリーン王国なのだけど…パパが国王になった時はそれはもう険悪な仲だったわ」
「そりゃあそうでしょうね」
「うん。ただでさえおじい様。レグルス王国から一方的に戦を仕掛けてきたのに国王かわったからって今更仲良くはできないって」
「当たり前ですね」
「私が生まれてからもずーっとその状況が続いててね。それでもなんとか他の国の計らいで和睦状態には持ち込めたの。形上ではね。私たち王族もアイリーン主催のパーティなんかは招待されるようになったわ」
懐かしむようにミフユは目を細めながら淡々と語る。
「まだ私もルンも小さかった時に初めてアイリーンに行って、そこで小さな女の子に出会ったわ」
「女の子?」
「うん。小さいって言ってもルンと同じくらいの年齢なんだけど、ほんと小さいの。今も」
その時の光景と今のその女の子の見た目がさほど変わらない事を考えミフユは少し笑いをこらえていた。
「それが今から行くアイリーン王国の現在の国主の小さなお姫様よ」
「国主って事は王様ですよね。お姫様なんですか?」
「それがまた笑っちゃうお話で、当時即位された時、周りからはもちろん女王様と呼ばれたわ。でも本人が『わたくしに女王は似合わないので今後も変わらず姫様と呼んで』みたいな事言ったのよ」
アイリーンのお姫様のその言動がミフユはかなりツボだったのだろう。ケタケタと笑いながら楽しそうに話した。
「変わった人なんですね…」
「まぁそうね。でもなんでルンと同い年くらいの子が今アイリーンの王様なのか…気にならない?」
「まぁ…それは…気になります」
ここまできたらもう聞かずにはいられなかった。しかしその次にミフユから出た言葉はヒヅキの想像していたものとは違っていた。
「あの子の両親殺されたのよ。自分の家臣にね」


 

先ほどまで晴れていた空にいつの間にか雲がかかり今にも雨が降りそうだった。
アイリーン王国に向かう道中の馬車の中でヒヅキはレグルス王国の昔話を聞いているだけのはずであった。
しかし今この瞬間少し胸がざわついている。ミフユの一言によって。
「家臣に…殺された?」
色々な感情が頭の中に渦巻いていた。それを女王に悟られないようにヒヅキは言葉を発した。
「そう。信頼していた家臣にね」
「なぜ…そうなったのです?」
明らかにヒヅキの態度が先ほどとは変わっていた。もちろんミフユはそれを見逃さない。
もし、思っていた通りならこの一言で必ず何か反応するはずだと思っていた。
それは己の国が同じ末路をたどったのか、己がそうしたのか、今そういった考えをもっているのかはわからないが、これで過去が原因で自分に対しての嫌悪感というものがあるというのはほぼ確信した。それでもまだまだヒヅキの事はわからない。
「なぜ…そうなったか…アイリーンって基本的には今のレグルスと同じ感じで結構穏やかな国なの。ただ違うのは海がすぐそばにあるっていう事」
「はぁ…確かにレグルスは緑に囲まれていますからね。おじいちゃんの買い物つき合わされた時も海まで滅茶苦茶遠かった…」
「うん、まぁその海がうちのおじい様はほしかったみたい」
「海…ですか」
「そう。海産物とかはもちろんなんだけど、アイリーンには名産があってね。それがとても高値で売れるの」
「どんな名産なんですか?」
「塩よ」
「し…塩?あの塩?」
「そう、皆がよく知っている塩。アイリーンは独自の製法で塩を作っていてとても品質がいいのよ。だから国外などで高値で取引できるの」
「なるほど、という事は相当潤っているって事か」
「そう。潤っているのよ。だからおじい様はその塩をつくれる場所がほしかったの」
呆れる話よねと自虐的に笑っている。
「まぁそんなこんなで結構お金持ちの国だったのよ」
「しかしそれでよく他の国からも狙われなかったですね」
「そう、お金があったから兵力も十分あったのよ。何度か攻め込もうとした国もあったみたいだけど返り討ちにあって断念しているわ。結構な武闘派集団のうちの国の兵士を率いてもおじい様が攻め落とせなかったのもそれが理由」
「なるほど」
「国外からの護りは完璧だったのよ。でもそこに隙があった」
「家臣ですか…」
「そう。その男はとても人の良さそうな男でね。仕事も完璧にこなすし国内からの信頼もとても厚かった」
長年アイリーンに仕えてきた男であり、当時の国王の一番の家臣と言われていたという事を淡々と語った。
「私は初めてその男に会ったときはまだ幼かったしよくわからなかったのだけど、パパとスーちゃんはずっとあいつ、なんかにおうなって話してたのを覚えているわね。ルンと二人でクンクンして鼻つまんでたのもある意味思い出ね」
ミフユはふふふと笑っているがヒヅキはその後の話が気になって仕方がなかった。
「それでその家臣は一体どうやって…」
「うん、長年かけてその男は自分の仲間を国内に迎え入れていったらしいの」
「迎え入れて…その男何者だったんです?」
「山賊よ」
「山賊…まだいたんですね」
このヒヅキのまだというのは山賊は遥か昔にいなくなったと思っていたからである。
今ではハンターズギルドというものが設立され、血の気の多い者はモンスターを狩って収入を得て生活しているが、昔はそういったものがなかった。
血の気の多い乱暴者は働いて稼ぐよりも略奪などをして好き勝手稼いだ方が楽だと考えている者がほとんどであった。
「そして全ての準備が整って計画が実行されたのが一年半ほど前」
「結構最近じゃないですか…」
「うん、その頃には国内は山賊だらけだったから何も知らない国内の兵士たちは軒並み殺されてしまったわ」
「そりゃそうですよね…でもなんでアイリーンの姫様は無事だったんですか?」
「うん、実はねその家臣があやしいって思ってからうちのパパがスーちゃんに監視みたいな事させてたの。まぁアイリーンを直接見に行ってた訳じゃなくて魔力を使って殺気をどうこうって言ってたけど」
「おじいちゃん流石だ…」
「それでその殺気に気づいたスーちゃんの知らせでレグルス王国総出でアイリーンに向かったの。あ、ママは留守番だったけど」
そこはどうでもいいと思うヒヅキだが話はちゃんと聞いていた。
「残念ながらその場についた時には国王たちは死んでいたわ。それでもかろうじて姫様だけは助けられた…。そして周りの国の支援もあって国は完全ではないけど立ち直ったわ。この短い期間で。あの子は本当に強い子よ」
ミフユはまだ何か色々語ってはいるが、ヒヅキはもう言葉が耳に入ってなかった。何か思う所があるのだろう。
ふと外をみると少しだけ雨が降っていた。このまま雨が降り続ければ今夜は星をみなくて済むと少し考えてしまっている自分がもの凄く嫌いなヒヅキであった。
「レグルス王国みたいに国王がどうしようもない国」
ミフユの言葉に我に返るヒヅキ。
「アイリーン王国のように忠実なる家臣が実は一番の敵だった国」
ミフユはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「このどちらの国も一度滅びかけた。当たり前の話。アイリーンの姫様はね親を亡くしたばかりだというのにこう言ってたわ」
 『家臣を見極められなかった我が父の落ち度』
「ってね。両親亡くしたばかりなのにすごいなって思ったけど、同時にその通りとも思ったわ。国は国王だけじゃつくれない。信頼できる家臣がいて国民がいてそれに支えられて成り立ってる。国王の仕事って色々あるけど、一番の仕事って実は家臣と国民と信頼関係を築く事じゃないかなって私は思うの」
ミフユのこの言葉にいつの間にかヒヅキは聞き入っていた。
「もちろんパパを見てて思った事なのだけどね、いつも雇用については慎重かつ大胆だったわね。怖そうな人をやとったりとかいい人そうな人を雇わなかったりと。ふたをあけてみたら怖い人は見た目だけですっごい優しいし、いい人そうな人はのちに他国に雇われて犯罪を犯したとか…。
そういった父の背中を見てきたからこそ、今の私があるし、人を見る目はあると自負するわ」
そう言いながらミフユはヒヅキの方を向いて笑顔をみせる。
「な…なんですか」
「ふふふ…私はね、ヒヅキさん。あなたにどう思われようと別にいいの」
その言葉を聞いてヒヅキは少しドキッとした。
「レグルス王国の事心から愛してくれたらそれでいいのよ。もし私が間違った事をしたら国のために全力で止めてくれる。そういった人を私は必要としているの」
ヒヅキはただただ言葉を聞くだけで言葉が出せないでいる。
「いつかあなたを…いや、あなたたちを雇った私の目に狂いはなかったって堂々と言える日が来ることを期待しているわ」
少しいたずらに笑うミフユに対して目を背ける事しかヒヅキにはできなかった。
自分のこの黒い感情は簡単に消えるものではない。背負っていかなければいけないものもある。しかし、この女王にそれを向けるのは間違っているのも心の中ではわかっている。しかし今の自分ではどうしようもできないのも事実である。苛立ちだけがつのっていく毎日。それを思うとシッキーにはいつも損な役回りをさせてしまっていると思う。
「あ!!ほらヒヅキさん!!アイリーン見えてきたわよ!!ほらほら!!」
馬車の窓から身を乗り出してアイリーンのお城を見る女王。
「ちょ…女王さん!!あぶねぇって!!」
「大丈夫大丈夫!!うわぁぁぁっ!?」
案の定落ちそうになるミフユを急いで引き戻すヒヅキ。これだけでも大義である。
「だから言ったでしょうが」
「あははは、ごめんごめん」
まったくとため息をつきながら空を見上げるといつの間にか雲がなくなっていた。
結局今日も星を眺めることになるのかと思いつつヒヅキはひとつの言葉を思い浮かべていた。
『1週間やそこらで全てを知る事はできませんよ。あの方の事は次第にわかってくるかと』
もう少し歩みよってみるか。
そう思ったひづきの表情にはどこか少し雲が晴れた様子であった。