第四話「戴冠式・当日」

 

穏やかな春の日差し。

温かい風に花びらが舞う。

自然に囲まれた王国は今日はいつにも増して賑やかだった。
ここレグルス王国は元々は小さな村から始まった。初代が村をつくり、発展させ、王国を築き上げた。
初代は相当な凄腕の人物だった。しかし二代目の国王はどうしようもない人物で王国を一時腐敗させた。
それを救い、父である二代目を追放し、今のレグルス王国のかたちにしたのが三代目国王である。
三代目は国に税を納めるというシステムをなくし、ハンターズギルドと連携し、王国の兵士たちを訓練し、時にはハンターをスカウトし、屈強なる兵士をつくりあげた。
その兵士たちを狩りにいかせ、その報酬で国を治めていた。
三代目自らも狩りに出る事も多かった。その報酬で十分なため、国民からの税など必要なかったのだ。
なので基本的には今のレグルス王国には貧しい者はいないと言っていい。
感謝を感じた国民がたまに食物や酒などを王国に寄贈してくれているので王国自体も食料などに困ることはない。
そういった国なので、他の国から移住する者も多く、旅の商人なども自由に行き来する事もあってかなり栄えていると言ってもいい。
全く問題がないわけではないが、王国内自体がかなりの武闘派なので厄介事を起こす輩も多くもなく、逆にそういった輩が出ようものなら国民全員から総スカンをくらう事になるという、なんともたくましい国である。
以前は隣国とのいざこざもあったのだが、それも三代目とその娘の活躍もあって和睦関係にある。
そして今日、その三代目の娘の四代目レグルス国王の戴冠式が行われようとしていた。

 

ミフユの戴冠式を目の前にし、城下の街はお祝いムード一式であった。
「いやぁ~ついにミフユちゃんが王様かぁ~」
「おいおい、女王様にちゃんづけか?」
「うちでアルバイトしてたのが懐かしいなぁ~」
「あの衣装はよかった…またやってくれねぇかな?」
「女王様がか?」
などという話声がしきりなしに聞こえてくる。一体王女がなぜアルバイトをしていたのか、そしてどんな衣装を着ていたのか気になりはするがそれはまた後日。

 

その頃会場であるクーラージュ大聖堂の控室ではミフユが衣装に着替えていた。
「わぁぁぁぁ!!お姉さま綺麗!!」
純白のドレスに身を包んだミフユを見てルンが声をあげる。いささか肌を露出しすぎな気もするが「これが私のスタイルなの」と本人が押し通すため、周りの侍女などは従うしかなかったのだ。
「ありがとう。ルンも新しいドレス可愛いわよ」
第二王女のルンもドレスを新調しており、桜色のフリルのついた可愛らしいドレスを身にまとっている。
コンコン
「ミフユ様、お着替えは終わりましたか?」
上品なノックの後、心地よい低音の声が聞こえる。
「終わったわ。モノさん入っていいわよ」
「では失礼いたします」
一切の無駄のない動きでドアを開け閉めし、姿勢をただしミフユに目をむけるモーゼス。
「どう?」
首を少し傾け聞くミフユ。
「お美しい」
その言葉にミフユは鼻をならし
「でしょ?もっと言っていいのよ」
ドヤ顔のミフユ。隣ではなぜかルンが興奮している。
「いえ、これ以上は私の心の中にしまっておきます」
笑顔で答えるモーゼス。
「ぶー」
そんなやり取りをしているとどこからか声が聞こえてくる。
「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁ!!」
その声を聞きモーゼスが
「あちらも着替え終わったかな?」
「ん?どうしたの?」
「皆で見に行きましょうか」
モーゼスが別室へとミフユとルンを連れていく。するとそこには、金色の獅子の仮面をかぶり、黄金の鎧を身にまとった人物がいた。
「パパ!?」
「ぱぱ!!」
姉妹そろって声をあげる。
「ちゃうねんて、俺や」
その声にルンが
「おじいちゃん!!」
「え…」
笑顔を浮かべているモーゼスの隣でミフユは目を丸くしている。
「どういう事?」
「それは俺が聞きたいっすよ!!」
じたばたする使い魔。
「これじゃあ俺の顔見えないじゃん!!せっかく人型になったのに!!」
そんな抗議にモーゼスは苦笑いを浮かべながら
「当然でしょう。本来は父である獅子王様からミフユ様に送らねばならぬものなのですから」
「だからって俺が…」
「獅子王様からの頼み事聞き入れたとお聞きしましたが?」
「う…」
「獅子王様の代では色々あったそうで、こういった正式な戴冠式は行われなかったようですので、二代続けて型破りはどうかと思いますし」
淡々と続けるモーゼスに対し不満ありげな使い魔。
「だったらあの親父がちゃんとやりゃーいいでしょうが!!」
正論すぎてうなずくしかないミフユ。
「まぁ幸い人型での体格は近いですし、どうせ国民にはばれるでしょうけど、それっぽくやってください」
ものすごい笑顔のモーゼスに最後のあがきを行う使い魔。
「こーなったらボイコットだ!!にげ…」
「逃げるのですか?」
笑顔の圧力モーゼス。
「にげ…」
「おじいちゃん、どこか行っちゃうの?」
涙目の王女ルン
「に…にげ…」
「そう、すーちゃんは私のためにこんな大役を買ってくれたと思ったのだけど…」
憂いの女王ミフユ
「だぁぁぁぁ!!わかりましたよ!!やりゃあいいんでしょ!!」
「わぁーい!!」
姉妹で喜ぶ。とそこへ後ろから。
「あんたらえぐいわ」
苦笑いのハルカが立っていた。
「あら、ハルカ。遅かったわね」
「ごめんごめん、ちょっとこの後のパーティに出す食事の事でアカツキさんと話しててね」
「何かトラブルでもあったの?」
「いや、大丈夫。ちょっと追加で作ってほしいもの頼んだだけだから」
「ははぁ~ん。さては自分の好きなものなくて駄々こねたんだな?この食いしん坊め!!」
八つ当たりなのかなんなのか、とりあえずいつもハルカにだけはあたりが強いスティンガーがハルカに絡む。
「八つ当たりしないでよ」
苦笑いでハルカ答える。
「食べ過ぎるとブタになっちゃうぜ?」
「ちゃんとその分カロリー消費してるんで大丈夫です」
「それよりもハルカ様、そろそろお着替えを」
二人の会話に割り込むようにモーゼスが伝える。
「え? でも私着替え準備してないしこのままで出るつもりだったけど」
「そういう訳には参りません」
「いいわよ、このままで」
「と、おっしゃっていますがどうします? ミフユ様」
と、モーゼスにふられたミフユは何か居心地悪そうに腕を組みながらハルカに目を合わせずに
「隣の部屋。あんたのドレス用意してあるから」
「え?」
「あんたが好きな赤いドレス用意してあるから早く着てきなさいって言ってるの」
恥ずかしそうに言うミフユにたいしてハルカはぼーっと立っている。ルンはそんなハルカの背中をおして隣の部屋に向かう。
「いこいこー!!ハルカさーん!!」
「え? ちょ…おさな…」
「世話が焼けるお二人です」
いつものように優しい笑顔で伝えてくるモーゼスの言葉にミフユは「ふんっ」とそっぽを向くのであった。


数分後、着替え終わったハルカがルンと一緒に戻ってくる。
「じゃーん!!」
とルンは両手をハルカに向けて広げる。
「お似合いです」
とモーゼスが言うと、周りの侍女たちも笑顔でうなずく。
「あ…ありがとうございます」
照れながら礼を言うハルカ。
「さて、それではそろそろ時間なのでミフユ様と獅子王様以外は向かいましょう」
あえてそうスティンガーを呼び、モーゼスは皆に伝える。
「それじゃあお姉さま!!先に行ってます!!」
「スーちゃん、とちるんじゃないわよ?」
「ではミフユ様、後ほど」
それぞれ言葉をかけ扉を出ていく。
この後二人は一度裏口から外へ出て、外の入り口から大聖堂の中へと入る。本来とは形式が違い別の式のようにも見えてしまうがこれはミフユの希望であった。

 

時間がきた。裏口を出て、外の扉の前に二人は立つ。
スティンガーが前、ミフユが後ろという形である。
「スーちゃん緊張してる?」
「まさか」
ふふっと笑うミフユ。

そっと空を見上げる。晴れた日差しの中に桜色が舞う。
ミフユが外に一度出たかった理由。それは桜の木であった。
レグルス王国のある地方には四季がある。そして今は春。東国の島国の出身の母はこの花が好きだと言っていた。
それを知っていた父はレグルス王国のあちこちに桜の木を植えたのだ。
ミフユもルンもこの桜の花が大好きであった。母親と同じ名前である桜の花が。
「…やっぱり綺麗だなぁ…」
ミフユの声は少し寂しそうであった。
内心ではわかっている。単純に母が王国から出ていき父がそれを探しに行った訳ではないと。モーゼスから聞かされたモンスターの異変。
きっと何かが起こっている。それを察知した両親が何か大事な事をしているのは間違いないであろう。
ならば父が急を要して世代交代をする意味もうなずける。
頭ではわかっていても心は追いついていなかった。父の仕事ぶりは幼いころから見てきた。そしてそれを叩き込まれた。成長し、仕事もこなせるようになった。いつか自分が国を背負うという事も覚悟していた。
だがどうしようもなく不安になる。自分は父のようになれるのか。民は私の言葉を聞いてくれるのであろうかと。
そういった事を考えていると前から声が聞こえる。
「大丈夫。何も不安がる事はない。ミフユにはいつだって俺たちがそばにいる」
父の格好をした使い魔のその言葉にミフユは心が晴れた。
ギィィィ
目の前の扉が開く。
国王の後ろをゆっくりついていく。祭壇にある二つの椅子に向かいそして両者が座る。そして優雅な音楽と共に大主教が祈祷をはじめる。

 

-そう、私はいつも一人でいた訳じゃなかった。生まれた時からスーちゃんがいて、ルンが生まれて、ハルカとはいつもつるんでたな。
 小さい頃はいつも三人と一匹が一緒だったなぁ。連れまわされたスーちゃんも大変だっただろうな。
 10歳くらいの時かしら? モノさんが来たのは。いつも優しくてモノさんが来てからはずっとモノさんに頼ってばかりだったなぁ。強くなったのもモノさんのおかげ。-

 

祈祷が終わり、大主教の手から第一王女に法衣を着せられ、宝剣などを授かる。国王とともに立ち上がり。国王は大主教から王冠を受け取る。

 

-父の傍にはどんどん人が増えていったな。お城も賑やかになっていくし。アカツキさんきてからはご飯が飛躍的に美味しくなった。でもまさかあんな姿見られるとは…あれは恥ずかしかった。ルンは今どんな顔してるのかな。やっぱり泣いてる?それとも私に見とれてるかしら。
 あの子はいつも危なっかしくて守ってあげなきゃって思うけど、あの子の明るさにはいつも救われたわ。私の自慢の妹-

 

国王と向かい合う。第一王女は手を組み、祈りを捧げながらその時を待つ。

 

-ルンはママに似た。私はきっとパパ。4人の家族だけど、それだけじゃない。いつもたくさんの人がいた。私には皆がいる。
 だから絶対に頑張れる。みんながきっと祝福してくれる。これからどんな事があっても皆で乗り越えてみせる。
 それでも…それでもやっぱり…-

 

国王の手から第一王女へ王冠が授けられた。この瞬間から王位は継承され、ミフユ=レグルス=キサラギが正式にレグルス王国の女王になった。
そして割れんばかりの拍手の中、ミフユは少し涙ぐみながらスティンガーの方に向き、笑顔で言葉を紡ぐ。

 

「それでもやっぱり今の私の姿。見てほしかったな」

 

スティンガーはその姿を目に焼き付けた。
そして拍手と歓声はいつまでも鳴りやまなかった。


 

薄暗い森の中、水晶の前に身を寄せ合う二人の男女がいた。
「立派になったな」
「えぇ」
「ミフユには申し訳ない事をした…」
「あの子なら大丈夫よ」
「そうだな…あいつらのためにも少しでも俺たちが…」
「えぇ…なんとかしないとね…」
自分たちの子供の成長を喜ぶとともに何かを決意した二人であった。