第五話「おしかけメイド」

 

「…ふっ!!…ふっ!!」
ブン!!ブン!!と木製の長物を振り下ろす音が静かに響く。
戴冠式から一夜あけた朝、ミフユは一人訓練場で汗を流していた。
「ミフユ様。お早いですね」
モーゼスが声をかける。
「…あら、モノさん。…ふっ!!…おはよう」
モーゼスに挨拶をしつつも手を休めようとはしない。
「おはようございます。昨日の疲れが残っているのでは?」
そう聞かれるとミフユはやっと動きを止めた。
「うん、大丈夫よ。昨日はぐっすり寝られたから」
「そうですか。それならばよろしいのですが」
「もう正式な女王だものね。色々気合いれないと!!」
「とは言ってもやられる事はいつもと変わらないかと」
苦笑いを浮かべるモーゼスに対しミフユは笑顔でかえす。
「それでも私の心構えが違うわ。あ、そうだモノさん!!久しぶりに手合せしない?」
「手合せですか…女王になったからと言って手加減はしませんよ?」
「もちろん!!手加減なんてしたら許さないんだから」
ミフユの意気込みにいつもの笑顔のモーゼスが自分も鍛練用の木刀を持ってくると告げ、その場を後にしようとした時
「モーゼス様!!あ、やはりこちらにおられましたか」
一人の兵士がモーゼスに声をかけ、その場にミフユもいたことを確認すると
「これは女王様もご一緒でしたか」
「どうしたの?朝からそんなに慌てて」
ミフユが兵士に尋ねると、困ったような顔をして話始める。
「いや、それがですね。一時間ほど前なのですが、突然一人の女が城の正門前に訪れまして」
女の人?とミフユが訪ねそれに頷き兵士は続ける。
「はい、なにやら女王様に会いたいと言い出しまして。理由を尋ねるとメイドになりにきたと訳のわからない事言い出しはじめ」
「なにそれ。おもしろわね。それで?」
「はい、まだ朝も早いので皆様休まれていると伝えると」
『ではこちらで待たせていただきますわ』
「と、門の前になにやらシートをひきはじめ、そこで正座をしはじめたのです」
ミフユが徐々に興味をもちはじめ話の続きを聞きたがっている。
「挙句の果てには、湯を沸かし、茶を淹れはじめ、我々にと…」
「何をもてなされているのですか」
少し厳しい表情をし、一括するモーゼス。
「も…申し訳ありません!!」
まぁまぁモノさんとミフユがたしなめ
「それでその人はまだいるわけ?」
「はい、モーゼス様の起床時間になったのでお部屋の方に尋ねたのですが」
「いなくてここに来たのね?」
「はい、毎朝鍛練をしていらっしゃるので」
うーん…と考えるミフユ。しかしそれもつかの間
「よし、その人玉座の間に通して」
え!?と驚く兵士に対しモーゼスは冷静に
「よろしいのですか?」
「うん、だってなんか面白そうな人だし!!モノさん皆を玉座の間に集めて」
「かしこまりました。では、その客人を玉座の間までお通しください」
「了解であります」


「女王陛下。お連れいたしました」
「ご苦労様。下がっていいわよ」
「はっ!!」
玉座にミフユ。その右側にモーゼス。左側にハルカとルン。そしてルンの頭の上でスティンガーが寝ていた。
玉座の間の入り口で放置された赤い髪の人物は少し戸惑っている。
「どうしたの?こちらにいらっしゃい」
ミフユがそう言うと意を決したようにミフユの前までやってきて跪く。
「お初にお目にかかります。レグルス女王陛下。わたくしはロゼッタと申します。突然の訪問での謁見…」
淡々と挨拶をしてくる赤髪の女に対しミフユは堅苦しいのはいいからと面倒くさそうに告げる。
「失礼いたしました。それでは簡単に…ロゼッタと申します。以後お見知りおきを」
ミフユの言葉に動じずに簡単に挨拶をすますロゼッタをみてミフユも笑顔でかえす。
「うん、よろしくね。昨日戴冠式をすませたばかりだけど、女王のミフユです。女王陛下なんて堅苦しい呼び方しなくていいわよ」
「では、なんとお呼びすれば?」
「ミフユとか適当に」
「では、ミフユ様でよろしいでしょうか?」
この言葉で案外素直なのかしらと思うミフユ。大概は恐れ多いとかなんとか言って名前で呼びたがらない。
「じゃあモノさんから自己紹介」
「あ、いえ皆様存じております」
ミフユがモーゼスに自己紹介を促すととロゼッタはそれを制す。
「へぇ…じゃあ誰か言ってみて」
ミフユがいたずらに笑みを浮かべそう告げるとロゼッタも笑みで返し、かしこまりましたと続ける。
「モーゼス・ノーランズ・キルガーロン様。レグルス王国の執事長でありながらも騎士団長をも務める腕利きの剣士。間違いないでしょうか?」
その答えにモーゼスは
「腕利きかどうかはわかりませんが、大体当たっています」
とニッコリ微笑む。
「じゃあ次はこっち」
とハルカを指さす。
「ハルカ・アマカセ様。ミフユ様の幼馴染で女王補佐官を務めていらっしゃる切れ者と伺っております」
「切れ者か知らないけど当たり」
ハルカの言葉を聞くとロゼッタは続ける。
「その隣におらせられる方は…」
「はい!!お姉さまの妹のルンです!!」
今この現状の空気を読まず、それとも我慢しきれなくなったのかは謎であるが、ルンが元気よく自己紹介を行う。
「ルン…自分で名乗ってどうするのよ」
苦笑いの一同にルンはえ?え?と理解していない。
「でも、すごいわね。どこでそんなに私たちの事を?」
ミフユが訪ねると
「実は昨日のミフユ様の戴冠式を一目見たく、この国へやってまいりました」
「昨日?それまではどこにいたの?」
「はい、ずっと旅をしてまいりました。もともとわたくしたち一家は代々名家に仕えるものでしたが、とある事件をきっかけにわたくし一人残される形になってしまいまして」
「とある事件?」
「はい…それは…その…」
言葉を濁すロゼッタに対して言わなくてもいいとミフユが告げる。
「申し訳ありません。残された私はどこか自分が仕えられる主がいるのではないかと旅をしていましたわ」
「それでここに?」
はい。と頷くロゼッタにハルカが
「でも最近このあたりのモンスター狂暴化してるって噂なのによく一人で旅してましたね」
「大型種からは基本的には見つからないように避けてました。見つかった場合は応戦しましたが」
へぇ~と一同。
「武器は何をつかうの?」
ミフユが訪ねると、ロゼッタは首を振る。
皆がえ?という反応をみせると
「武器は使いませんが体術を少々」
「体術を少々って…素手でモンスターと戦ってるってことですか?」
とハルカが驚いた様子で聞くと。
「はい、どうもどの武器も手になじまなくて…困ってしまいますわ」
一同唖然としている中ミフユは興味津々といった様子だ。
「すごいわね!!あなた!!続きをきかせて!!」
「はい、そうこうして旅を続けていましたらレグルス王国の国王が代わるという噂をお聞きいたしましたの」
「それで気になってミフユを見に来たの?」
コクリとロゼッタはうなずく。
「一目見て…一目見て感じましたわ」
その時の様子でも思い浮かべているのだろうか、ロゼッタは虚空を見つめ恍惚とした表情で語る。
「このお方しかいないと。わたくしが仕えるのはミフユ様しかいないと、そう思いました」
「どうして私なの?」
「あの凛とした表情。力強い瞳・・・そしてそのお声を一度聞いたら耳から離れませんでしたわ。あ…それと少し見せた憂いの表情も」
その瞬間ミフユが固まる。しかしおかまいなしにロゼッタは続けた。
「瞳には少し涙を浮かべ、それでも涙をこらえて笑顔を作るミフユ様はなんというか…とても…子供のよ…」
「だぁぁぁぁぁぁ!!」
イキナリ大声をあげてロゼッタの言葉を阻止するミフユに周囲は苦笑いしかできなかった。
「しっかりと見られていましたね、ミフユ様」
「うぅ…」
「おねぇ様綺麗だった!!」
モノさんの言葉はもちろん、今はルンの言葉すら心に刺さるミフユ。ハルカはその様子を横目で見つつ、ロゼッタに言葉をかける。
「要するにミフユに一目ぼれして、今ここにいるわけね?」
「はい、そうですわ。昨日の戴冠式の後、この街で皆様の事を伺いました。それで街の皆様のお話を伺っているうちにどうしてもこちらにお世話になりたいと思いまして…。
どうでしょうか?わたくしを雇ってはいただけませんでしょうか?」
そのロゼッタの言葉に皆の視線はミフユに注がれる。そしてミフユは顎に指をそえうーんと悩んでいた。
少しの間があき、ミフユが言葉を発する。
「うん、別にいいわよ」
あっさりとした答えに意外だったのかロゼッタはえ?という声と共に唖然としている。
「なんて顔しているのよ。雇ってあげるって言ってるの。侍女になりたいのよね?」
「あ…はい!できればミフユ様専属でお願いしたいのですが…」
その言葉にミフユは少し困った。
なぜなら自分専属といえば姉妹という形ではあるが、モーゼスがいる。そう思いながらミフユはモーゼスに目を向けるといつもの笑みでかえされる。
私専属はモノさんがいるし…そう言おうとしたところでモーゼスに先を越される。
「そうですね。私も騎士団の調査などで最近留守にするが多いですし、ミフユ様とルン様の事をみていただける専属の方がもう一人ほしいと思っていた所なので丁度いいかと」
その言葉を聞いたロゼッタの表情は明るくなり、ミフユの言葉を待つ。
「モノさんがそう言うならお願いしようかしら。でもモノさんもそういう事なら言ってくれたらよかったのに」
「いえ、お伝えしたところでお二人の専属になりたいと言う方がいたかどうか…」
「ちょっとそれどういう意味?」
私たちはそんなに面倒か?と言わんばかりの抗議の眼差しでモーゼスを見やるが、モーゼスはいつも通りの表情で答えるのみである。
「幸い、私と同じく物好きな方がいらしてくれたので万事解決です」
「おぉ!!解決です!!」
自分の事を言われているにも関わらず何も気づかないルンがテンションを上げて喜んでいる。
そんな妹も可愛いのだが時折本当に心配になるのが姉というものである。
ため息をつくのを我慢しつつミフユはロゼッタに向けて言葉を放つ。
「それじゃあ今日からよろしくね。とりあえず今からあなたの部屋とか用意するから待遇などは追って伝えるわ。その他詳しい事はモノさんから聞いてちょうだい」
かしこまりました。とロゼッタが笑顔でかえした後玉座の間の扉の向こうから慌ただしい足音と共に声が聞こえた。
「女王様!お取込み中申し訳ありません!至急お伝えしたいことが!」
中々に慌てた様子の兵士の声を聞き、ミフユは入りなさいと声をかける。
「で、どうしたの?」
「はい、実は先ほどから街の方の上空をリオレイアが旋回しておりまして…」
兵士の言葉に一瞬緊張がはしる。
「まさか黒いレイア?」
ハルカが尋ねるが、兵士はいいえと首を振る。その反応をみて少し落ち着いた表情を見せる一同。いや、ロゼッタとルン以外。
「原種のリオレイアなのですが、ずっと上空を旋回しておりまして…時折威嚇なのか滑空をしてくるのですが特に被害はなくですね」
なにか妙ね…と考えるミフユに対しモーゼスが
「ハンターの方々はどうしているのですか?」
「はい、それが問題で…実は街のハンターは今ほとんど狩りに出払っていましてほとんどいないらしいのです」
「それで困ってここに来たという訳ですね」
そんなやりとりを聞きながら何かを考えていたミフユが唐突に
「じゃあ私たちで対処しましょうか!!」
と手のひらを胸の前で合わせながらひらめいたと言わんばかりに言い放つ。
「ま、現状そうするしかないしね」
少し面倒くさそうにハルカが言うと、モーゼスもですね。と続ける。
こうして女王であるミフユとルン、ハルカ、モーゼスの4人で対処にあたる事になり、それぞれなるべく急いで準備を整えるようにとミフユが告げる。
「あ、そうですわ!ミフユ様!狩りに行かれるという事でしたらこれをお持ちください!!」
そう唐突にロゼッタが告げると細長い紫色の袋から一振りの太刀を取り出した。どうやら旅をしている最中にとても綺麗で気に入ったということで手に入れたらしいが、
ミフユが無類の太刀マニアという事を聞き、贈り物として持参したらしい。案の定ミフユの食いつきは凄まじかった。
「おぉ!!見せて見せて!!」
興奮するミフユがその太刀に近づくと。
「ミフユ様!いけません!」
という珍しく慌てたモーゼスの声むなしく、ミフユはその太刀に触れてしまった。その途端バチィン!!と蒼白い閃光とともに大きな音をたてミフユを弾き飛ばした。
きゃあ。というロゼッタの声とは逆に、に゛ゃあ!!と猫でも踏みつけられたかという声をだし玉座に体をたたきつけられるミフユ。
「お…おねぇさま大丈夫!?」
びっくりしながら姉に近づくルンへミフユはいてて、と打った頭をさすりつつ体をおこしながら大丈夫よと伝える。
「まったく、厄介な体質なんだから確認もとらずに気軽に武器を手に取ろうとするからそういう事になるのよ」
呆れつつハルカがそう告げるとミフユは少しムスっとする。
「え…えっと…何が起きたのでしょう?」
目の前で起きた事に心底不思議そうに尋ねるロゼッタ。
「実は私…属性付きの武器触れないの」
そう、ハルカの言う厄介な体質とは火や雷などの属性をもっている武器などを触る事ができないという体質の事である。
なぜそういう体質なのかというのは詳しくはわからないらしいが、どうやらレグルス王家の血が関係しているらしく、ルンもミフユほどではないがそういった影響をうけている。
父曰く、レグルスの血は特殊で特別な能力を発揮できる反面、呪いのようなものが発動してしまうらしい。
ミフユもルンもなぜそういった体質になってしまったのかという疑問はあったが、父から『俺の親父もそうだし、その前の王もそうだった』と言われてしまえば納得するしかなかったのだ。
そしてこの姉妹の体に現れた呪いのようなものというのがこれであったという事である。別段私生活では問題はないが、国の頂点に立つものとして、ましてやモンスターがはびこるこの世の中で武器を手にとらないという事ができるわけもなく。中々どうして厄介である。
妹のルンは使える属性もあるようだが、今のところミフユは全滅である。
「そうだったのですか…そんな事とは知らず申し訳ありません」
「知らなかったんだし仕方ないわ。謝らないで」
とうなだれるロゼッタにミフユはそう答える。
「その太刀はモノさんがもらってちょうだい」
ロゼッタの気持ちも無下にはできず、女王の命令ということもありモーゼスはありがたくとその太刀を受け取ると、鞘から抜き刀身を眺める。
「これは中々…雷属性、相手はリオレイアですか…では早速使わせていただきます」
笑顔でロゼッタにそう告げるとロゼッタは嬉しそうにうなづく。
各々支度が整い、出発しようとした瞬間にルンが頭の上で寝ているスティンガーを手にとり
「おじいちゃん!!気持ちよさそうに寝てるからロゼッタさんお願いしていいですか?」
とロゼッタにスティンガーを預けていた。
「かしこまりましたわ。オジイチャンさんはお任せください」
と、満面の笑みでかえし、皆の背中に向け、いってらっしゃいませと深々とお辞儀をしていた。


上空を旋回している陸戦女王リオレイア。街の上をぐるぐるぐるぐると飛び回って皆怖がってるじゃない。そもそも陸戦女王とかいう異名あるのになんで飛んでる訳?
そして陸戦女王って大層な名前持っちゃってちょっとかっこいいじゃない。でも負けないだって私。
「獅子の女王だもん!!ふふん!!」
「なにがふふん!!よミフユ…」
ミフユにツッコミをいれるハルカ。そんな事言ってる暇あったらさっさとアレをどうするから考えなさいよと追い打ちをかけられる。
そう、街の上をずっと旋回していてこちらに攻撃をしかけてくる様子もない。危害を加えないならそれでいいのだが、たまに滑空をしてくるため街の人々も怖がっている。
だからと言って、上空にいるため普通の攻撃では当たらないし、閃光玉を使ったところで遠い気もする。もし効いたとしても街のど真ん中に落ちてきてしまう。
「とりあえず街の外に誘い出さないとね」
そう言いながらミフユはよし、とルンの方に向き
「ルン、街の外に出て弓で攻撃してこっちに気を向かせて」
と言うが。地上から上空のリオレイアまで結構な距離がある。人の力を使わないボウガンならともかく、人の手でひく弓では流石に届かないではないかと思う所だが。
「はい!!」
と二つ返事でルンは了解した。ハルカやモーゼスもあの距離ならルンしか無理ね。それがいちばんですかね。と言った感想を抱いている。
4人は街の外に出てルンは弓を手にとり片膝をつく。そして腰の矢入れから一本の矢を取るとその矢を弓に這わせ、息を吐き矢をゆっくりと力を込めつつひく。
ギリギリと音をたてつつ力を籠められる矢にはうっすら光が灯っているようにも見える。旋回をするリオレイアに狙いを定め、ルンはここだ!!と言わんばかりに矢から手を放すと、その矢はオーラをまといつつ一直線に上空のリオレイアへと飛んで行った。
この矢は『オーラアロー』と呼ばれており、弓使いにとっては重要な弓術であり、矢に自分の気を送り込み放つ。膝をつき、土台をしっかりしないと放てず、身動きがとれなくなるので使いどころは限定されるが、その分遠くの標的に高威力の矢を当てる事が可能である。
そしてルンはこのオーラアローを人よりも多くの気を送り込み飛距離をのばせるという特技を持っていた。
モーゼスいわく、これもレグルスの血がなせる技ではないかとの事である。
ルンの放ったオーラアローは勢いを失う事なく、リオレイアに近づいていった。そしてついにその矢はリオレイアに…当たらなかった。
「あ、外れた」
ミフユの一言にルンが嘆く。
「あぁぁぁぁぁぁぁ!!ごめんなさぁい!!」
「いえ、当たりはしませんでしたけど、どうやら目的は達成したようですよ」
モーゼスがリオレイアの方を指をさすと、上空のリオレイアがこちらを睨みつけている。こちらに注意を向けるという事に関しては確かに目的は達成している。
そしてリオレイアはこちらに向け咆哮をあげ、滑空してきた。
それを認識したミフユが高らかに声をあげる。
「よし、それじゃあいくわよ!!フォーメション『ミフユ可愛い!』」
「了解!!フォーメション、『ミフユ可愛い!』ね!!持ち場につきま・・・って何よそれ!!」
普段はあまりこなさないハルカのノリツッコミである。確かにあまりにセンスの悪いフォーメーション名であるがため、そんなツッコミになってしまう。
「何ってそのままの意味よ」
「そもそもそんなの決めてないでしょう!!」
ハルカの訴えはもっともであった。そんなフォーメーションの話なんてこれっぽちもしていなかったのである。しかし。
「モノさんとルンはちゃんと位置についてるわよ」
「なんでっ!?」
ひょいひょいと指をさすミフユに対して嘆き続けるハルカ。しかしそうこうしているうちにリオレイアは目の前まできていた。
「ほれ、ハルカ。閃光玉なげて」
あーもう!と言いながらもしっかりと仕事をこなすハルカ。閃光がはじけると、20メートルほど先で地面に落ちる。
「よっし!いくわよ!」
ミフユの掛け声で各々が得物を手に取りリアオレイアに突撃する。まずはミフユとモーゼスがそれぞれのの翼に向け同時に一太刀。そして体を横に回転させ脚にむかいもう一太刀浴びせる。
そろそろリオレイアの視力も回復するであろうタイミングでルンが脳天めがけ矢を放つ。すると視力が回復したばかりのリオレイアは怯み、その隙に腹の下に潜り込んだハルカが麻痺属性のついた片手剣で何度も斬りつける。するとリオレイアは麻痺状態になり動きを止める。
好機だ。リオレイアの両脇にいたミフユとモーゼスが同時に気を送り込んだ刃で連続で斬りつける。その間もルンは弓を引く手を緩めず、ハルカも連撃を止めない。
これだけの攻撃を受けてしまってはひとたまりもない。リオレイアは体から痺れが抜けるのと同時に絶命した。
ふぅ。と息をひと吐きし、ミフユは太刀を鞘におさめるがその顔は少し曇っている。
「特に…変化はないようね」
変化とはおそらくモーゼスの報告にあった黒いリオレイアの事であろう。特に動き出す様子もないので大丈夫であろうとモーゼスは言う。
「しかし、街の上旋回してるとか言うからちょっとした特異個体かとも思ったけど、あっけなかったね」
ハルカが疑問を感じつつもそう言うと、確かにとうなずく。
「まぁなんにせよ、無事討伐したしあとは専門の人たちに調べてもらいましょう」
ミフユは言う。だがしかしあまりに簡単すぎた狩猟に一同の疑問はぬぐえなかった。

 

一方その頃。
「皆様、大丈夫でしょうか…」
ミフユたちが出発後与えられた自室のベッドに腰掛けながら膝に変な鳥…いやスティンガーを乗せてロゼッタはつぶやく。
国王自ら狩猟などに出ると聞いてはいたが、まさか着任早々とは思ってもいなかった。
一度自分の主をなくしたロゼッタである。また自分の惚れ込んだ主がいなくなるという恐怖感がどうしても出てきてしまう。
そうこう考えていると自分の膝の上で寝ていた生物がもぞもぞと動き、うっすら目をあける。
「あら、オジイチャンさん。お目覚めですか?」
そう尋ねたロゼッタだったが、その後顔面蒼白する事になる。
「ん…?むにゃむにゃ…おはようルンちゃ…だ…誰ですか?」
「…え?」
おそらくスティンガーはルンの頭の上で寝てるものだと思っていたのだろう。しかも目の前には知らない女が自分を抱きかかえている。
そしてロゼッタからしてみれば、鳥か何かの動物だと思っていた小さい生き物が急に流暢に喋り出したものだから固まる。
お互い見つめあう事、無音の数秒。
「へ…変な鳥が喋りましたわぁー!!」
「誰だお前ー!!」
お互い大声で叫びはじめる。
「なんですの!?これ!?なんなんですの!?」
「知らん変な女に誘拐されたぁー!!殺されるー!!ルンちゃーん!!お姉さまー!!モノさぁーん!!ハル…カはいいけど」
「む、ちょっとお待ちくださいまし!!変な女とは聞き捨てなりませんわ!!わたくし、ミフユ様、ルン様のお世話をする専属侍女ですわよ!!」
「え?専属って…モノさんじゃ…はっ!?まさかモノさんを…」
「何を想像しておりますの!!モーゼス様にもちゃんと了承を得ましたわ!!」
「だって俺、お前知らないし」
「それは私が挨拶してる間オジイチャンさんがずっと寝ていらしたからでしょう!!」
「おい!!なんだそのおじいちゃんさんって!!」
「え?だってルン様がオジイチャンと呼んでらしたので、名前ではないのですか?」
「ちゃうわ!!俺様にはもっとかっこいい名前あるわ!!なんだオジイチャンさんって!!」
「そうでしたの…これは失礼いたしました。あ、自己紹介がまだでしたわよね。わたくしはロゼッタと申します。先ほども言いましたが、今日からお二人のお世話をさせていただくことになりました」
と、テンポよく進んだ二人の言葉の掛け合いもようやく落ち着き、ロゼッタが自己紹介をする。
「ふむ、俺様はスティンガーだ!!」
「スティンガーダ様?」
「ダ!!ダ!!いらない!!お前わざとやってるのか?それともお前もポンコツか!?スティンガー!!」
「あぁ、わかりましたわ。スティンガーちゃんですわね」
「ちゃん…まぁもうめんどくせーからいいや」
「それで…スティンガーちゃん。どうしてあなたは言葉を喋る事ができますの?」
ロゼッタの問いかけに若干面倒くさそうにスティンガーは答える。
「んぁ?それは俺様が只者じゃないからだろ」
「只者じゃない…生物的になんなのです?あなたは」
「もー…面倒くさいなー。俺は前の国王が召喚した使い魔なの!!」
「そうなのですか!!なるほど…それならば説明がつきますわね」
「で、ルンちゃんたちは?」
「え?あぁ皆様ならリオレイアの討伐にむかいましたわ。…大丈夫でしょうか」
「ふーん」
「ふーんって…心配ではございませんの?」
「まぁ大丈夫でしょ。それに危なかったらきっと呼ばれるだろうし」
はぁ…と少し不思議そうにしながら返事をするロゼッタ。全く心配していないスティンガーの様子から、きっと大丈夫なんだろうとすこしほっとした気持ちになる。
しかし不安が消えた訳ではない。もう二度とあの時の気持ちを味わいたくないと思うロゼッタは少し嫌な汗をかいていた。
「あんたが思っているほどうちの女王さんたちは弱くないぞ」
「え?」
ロゼッタの不安感が伝わったのかスティンガーにそう言われた。しかもちょっといい声で。
驚いてスティンガーの方を見ていると、扉をたたく音が聞こえた。
「ロゼッタさん、女王様たちがお戻りになられたようです」
扉ごしの侍女の声を聞きスティンガーはほらなとつぶやく。その時はじめて心の不安感が消えた。

狩猟を終えた4人が城の正門をくぐるとそこにスティンガーを抱きかかえたロゼッタがいた。
「皆様、おかえりなさいませ」
「あら、ロゼッタわざわざ出迎えてくれたの?」
ミフユがそう告げると、ロゼッタは当然ですわ。と笑顔で答える。
「おじいちゃん、ロゼッタさんと仲良しだ!!」
ルンが嬉しそうに言うとロゼッタに抱きかかえられている使い魔は少し不満そうだった。
「仲良しも何も起きたらこいつが目の前にいて、誘拐されたかと思ったし」
「誘拐って…」
苦笑いのハルカ。
「まさか言葉を話せる使い魔さんだとは思わなかったので驚きましたわ」
「そりゃそうでしょ」
そんなやりとりをしつつ一同は玉座の間にたどり着く。ふぅ。一息つき玉座に座るミフユ。
「とりあえず皆、ご苦労様。気になる事はまぁ色々あるけれど、それはまた彼らの報告を聞いてからにしましょう」
女王の言葉を受け、各々ははいと頷く。それを確認したミフユは唐突に
「さてと、それじゃあ準備しましょうか!!」
と、言い出した。いったい何の準備だろうと考えていたロゼッタで、ほかの者もきっと同じ気持ちであろうと思い、見渡すと。
「そうですね」
とモーゼスは返事をしているし、ルンにいたってはなぜかすごくはりきっている。と思ったらなぜか転んでいる。
他の皆は何をやるか知っている様子だったので一体何の準備でしょうと尋ねると。
「何の?そんなの決まっているじゃない。歓迎会のよ」
笑顔で答えたミフユに対し、さらに疑問に思っていたらいつもの定位置に戻っていたスティンガーに
「気づかねーの?やっぱポンコツか」
と言われて少しイラっとしたけれどもそこは我慢しをした。歓迎会という事は誰か来るのだろうかとも思ったが、特にそれらしい報告は聞いてはいない。
ただ新参者の自分には知らされていないだけか…とちょっと寂しい気持ちになるが、その途端もしかしてと気づく。
「えっと…まさかわたくしの…ですか?」
いやいや、まさかそんな事あるはずない。たかだか今日、半ば強引におしかけて侍女になった私のために歓迎会なんて何を考えているんだ。と、考えていると。
「当たり前じゃない」
「他に誰がいると?」
「ロゼッタさんの歓迎会!!」
「ま、不思議に思うかもしれないけどこーいう国なんですよねー」
と言われ、なんとも信じられない気持ちになった。生まれながらにして侍女として主に仕えるために教育されてきたロゼッタだったし、もともとの主は立派な方ではあったが、侍女に特別何かをするという事もなかったのでそれが当たり前だった。家族の中でも主が最優先であったので、幼いころの自分の誕生日すら祝ってもらえない事は普通であった。
それが今、目の前の人たちはただただ、自分がこの国に侍女として働く事になったからというだけで、歓迎会なるものを開催してくれるという。
今まで感じた事のない感情で、訳もわからず涙がこぼれた。
「あらあら、どうして泣いているの?」
女王に言われて自分でもなぜかわからなかったが、不快な涙ではないことは明白だった。
「嬉しい…んだと思います。心の底から」
やっとしぼり出した声に皆は笑顔で見守った。約一匹はやれやれとつぶやいていたが。
「よっしそれじゃあ歓迎会の前に汗流しましょうか!ルン、ハルカも行くわよ」
「はい!」
「ほーい」
と二人は返事をすると、ロゼッタをはさむようにして腕を組み。
「あと一名様連行しまーす」
「おー!!」
と言いながらずるずると戸惑っているロゼッタも連行していった。
するとモーゼスが急にルン様お待ちをと声をかけた。
「お?」
と立ち止るとモーゼスはルンの頭にいたスティンガーを手に取り
「私たちはお留守番ですよ」
と笑顔で言う。スティンガーのふむ、じゃ寝るか。という声を聞きながら女子4人は風呂場へと向かうのであった。
連行されていかれながらロゼッタは、この王国にきてよかったと心から思っていたのであった。が、この後ロゼッタが大変な事になったのを知っているのはこの王国の中でロゼッタを除き、3人だけであった。


第5.5話「王国の日常・使い魔編」 (Stinger執筆・美冬監修)